もうひとつの見所は、真市が、ダンの変身を食い止めようとするシーン。真市は、岩陰でウ
ルトラアイを構えるダンの前に、執拗に立ちはだかる。ここで真市が口にするのが、「ノンマ
ルトは悪くない! 人間がいけないんだ! ノンマルトは人間より強くないんだ! 攻撃をや
めてよ!」というセリフである。「ウルトラ警備隊のバカヤロー!」という真市の絶叫に、ダ
ンは苦悩しながらも、変身を決意。真市は、手に持ったオカリナを岩に叩きつけながら、再び
「バカヤロー!」と叫ぶ。ダンの苦渋の選択と、真市の絶望。観る者の心も、真市のオカリナ
のように、砕け散ってしまう。
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だが、現実とは厳しいものである。力のある者が、すべてを征するのだ。ノンマルトの海底
都市を発見したウルトラ警備隊隊長のキリヤマは、一瞬逡巡する。しかし、ノンマルト先住民
説を否定しながら、ミサイルで海底都市を破壊。そして、興奮も露わに「ウルトラ警備隊全員
に告ぐ。ノンマルトの海底都市は完全に粉砕した! 我々の勝利だ! 海底も我々人間のもの
だ!」と宣言する。いつもは冷静沈着で頼もしいキリヤマの表情が、この時ばかりは狂気に満
ちていて、子供心に慄然としたものだった。いかなる事情があろうとも、脅威は力でねじふせ
なければならない。対タリバン戦争同様、弱肉強食の掟には逆らえないのだ。
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ノンマルトを壊滅させた後、ダンとアンヌは、謎の少年・真市が、2年前に海で亡くなって
いた事実を知る。この物語は、真市の母親が彼の命日に海に投げた供養の花束を映し出しなが
ら、「それにしても、ノンマルトは本当に地球の先住民だったのでしょうか? それは、すべ
てが消滅してしまった今、永遠の謎となってしまったのです」というナレーションで幕を閉じ
る。最後まで、あまりにも、暗くせつないストーリーである。
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ノンマルトの使者として、人類との折衝に奔走した真市の努力は、徒労に終わった。その原
因は、ひとつには、真市は人間の言葉を話すことができても、人間社会における人脈が皆無に
等しかったことにある。イキナリ訳のわからぬ少年が現れて、全世界に影響を与えるような重
大な要求を突きつけても、まともに取り合ってもらえないのは、当然ともいえよう。真市の悲
劇に、戦後日本の悲哀を感じとってしまうのは、私だけだろうか? タリバンとの戦争におい
て、日本が調停役を果たすべきだという意見もあったが、戦後、世界で実質的な外交的役割を
何も果たしてこなかった日本が、いきなりアレコレ提案しても、せいぜい、何だコイツ、とバ
カにされるのが関の山だ。京都会議すらまとめられなかった国が、あのような重大局面で海千
山千の各国と渡り合い、調停役を果たすのは、土台無理な話であろう。
『ウルトラセブン』には、今観ても、いや、今だからこそ、ドキリとする要素が詰め込まれ
ている。「ノンマルトの使者」は、沖縄出身のライターの手による脚本と、効果的な演出が見
事にブレンドし、マニアの間では最高傑作のひとつに数えられている。
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このほか、宇宙人が自動販売機のタバコに人間の殺意を増長させる結晶体を混入して、人間
社会の自滅を企むという、どことなく炭そ菌テロを彷彿とさせる「狙われた街」(ダンと宇宙
人が、何と、ちゃぶ台を挟んで対談するという、シュールな映像が楽しめる!)、宇宙人の仕
業で操縦不能となったウルトラ警備隊機が、旅客機との衝突を避けるために自爆を強いられる、
「北へ還れ!」(自爆テロリストの心境に思いを巡らさずにはいられない)、過当な兵器開発
のむなしさを訴える「超兵器R1号」(米国のミサイル防衛構想は、大丈夫かな?)、本年の
スピルバーグの大作『A.I.』とは対極のロボットの未来像を描く「第四惑星の悪夢」、外見を
星にカモフラージュした円盤群が、獅子座流星群のように地球めがけて降り注ぐ「円盤が来た」
(今でいえば天体オタクを主人公に、世間とはこんな勝手なものだと見せつけてくれる逸品)
等々、現在の出来事を連想させてしまうような作品が少なくない。
21世紀、世界は『ウルトラセブン』の時代に突入した?!
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