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小泉ニッポン!”北朝鮮ミサイル危機”劇場1

(報告:常岡千恵子)


 前回までは、時系列を追って、さまざまな海外英文メディア(中国と
韓国を除く)による小泉ニッポン報道をご紹介してきたが、その後劇的
な展開があったので、一気に時計の針を進めることにする。

 尚、2006年6月末まで前回までのような調子で、だらだらと小泉
ニッポン報道が続いていたことも、付記しておきたい。

 さて、2006年6月末、北朝鮮のミサイル発射警戒中に訪米した小泉
首相が、米メディアの注目を一身に浴びた。

 日本では、首脳会談や日米共同文書が大きく報じられたが、訪問先の米
メディアが注目したのは、小泉首相の異様なはしゃぎぶりだった。

 『ワシントン・ポスト』、『ニューヨーク・タイムズ』、『ロサンゼルス・
タイムズ』などをはじめとする米有力メディアばかりか、英国でも『フィ
ナンシャル・タイムズ』、『ザ・タイムズ』をはじめとする大手メディア、
また、オーストラリアやカナダでも、首相が訛りのある英語で"Hold me
tight, Hole me close"と歌いながらリサ・マリーを引き寄せたこと、米
国では貴重な骨董品に値する、故エルビス・プレスリーのサングラスをか
けてしまったこと、ブッシュ大統領もあきれ気味だったことなどが広く報
じられ、一国の首相として彼の品性が世界に発信された。

 中には、"外交史上もっとも異様な男同士の旅のひとつにおける、もっ
ともヘンな時"と表現した新聞もあった。

 ただし、『ワシントン・ポスト』のサイトのビデオを見ると、記者会見
でサングラスをかけてしまった件については、日本人記者が「総理、サン
グラスは?」とけしかけており、最終的責任は小泉首相にあるとしても、
日本人記者の文化的常識も疑われていいのかもしれない。


 小泉首相メンフィス訪問のビデオを掲載した、2006年7月1日付
 『ワシントン・ポスト』のサイト(早く観ないと、引っ込んじゃうかも)↓
  http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/06/30/AR2006063000143.html

 日本人の中には、外国人の前では個性を発揮することが大切だと意気込
む人も多いが、TPOを忘れがちだ。
 世界中のメディアが彼に注目した理由は、一国の指導者の公式の場での
振舞いとして、世にも珍しいものだったからにほかならない。

 ところで、その小泉首相の帰国直後の2006年7月3日、本連載でも
おなじみの、2005年に小泉首相が寄稿した国際的英経済紙が、次のよ
うな要旨の社説を掲げた。

  2005年の小泉首相の寄稿↓
 >> 小泉ニッポン!"東アジア一人ぼっち"劇場11

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『フィナンシャル・タイムズ』(英)      2006年7月3日付
     −ブッシュとエルヴィスの後は、フーと友達になれ
          日本は、緊張した対中関係を改善させる必要がある
	  


 9月に退陣する予定の日本の小泉首相は、ブッシュ米大統領との友情を
祝い、エルヴィス・プレスリーを称える、陽気な米国訪問を行った。

 ブッシュ氏と小泉氏は、両国の軍事同盟を強調し、北朝鮮のミサイル計
画を批判して、真面目なふりをしようとしたが、この訪問の祝賀的本質を
隠せなかった。

 彼らが糊塗したのは、日本の対中関係のお粗末な状態と、これがアジア
太平洋地域の安全保障に投げかけているリスクに、米政府が懸念を募らせ
ていることだった。

 米日の絆がこれほど強いことは希で、米中関係もまずまずだ。
 ところが、太平洋の三角形の第三辺である日中関係は、小泉氏の首相就
任以来、彼の執拗な靖国神社参拝もあって、深刻な政治的ダメージを被っ
ている。
 靖国神社には、日本の一般兵士とともに戦犯が祀られている。

 米国は、ほとんど中国と同じぐらい感情を傷つけられている。
 なぜなら、靖国神社境内にある博物館の展示内容は、日本の真珠湾攻撃
に関して、南京大虐殺と同じぐらい不正直だからだ。

 小泉時代が幕を引くにつれ、日本と中国、そして米国の指導者たちが日
中政府間の対話復活の重要性を認識し始めたのには、元気づけられる。
 日本政府が対中ODA凍結を解除するという善意を示す一方で、小泉後
継の第一候補である安倍氏でさえ、靖国参拝を控えるかもしれないと示唆
した。

 中国は、小泉氏については諦めたが、後継者が対応しやすいように、反
日のレトリックをトーンダウンさせている。
 駐中日本大使によれば、中国はフーチンタオ主席の訪日を示唆した。

 小泉氏が退陣前の8月15日の靖国参拝を控えるなら、この動きを助け
るだろう。
 日本の首相は、エルヴィスの"It's Now Or Never"という曲のタイト
ルを思い出すべきだ。

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 ご存じのとおり、その翌日、北朝鮮がミサイルを発射した。(日本時間
2006年7月5日未明)

 欧米メディアは、事件発生直後から、東アジア地域の反応の温度差が顕
著なことを伝えたが、とくに米メディアは、かなり早い段階から中国と6
カ国協議に注目し、米政府の選択を示唆していた。
 
 以下に、その代表的な報道の、米政府の方針に関する要点を、ご紹介す
る。

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『ロサンゼルス・タイムズ』(米)       2006年7月5日付
     −北朝鮮が反抗的にミサイル発射
		  


 北朝鮮が、幅広い国際的圧力を無視し、本日、7発目のミサイルを日本
海に試験発射した。

 これらのミサイル発射実験は、国連安保理に緊急協議を開催させ、ブッ
シュ政権は、この対立が北朝鮮政府と米政府の間を大きく超えた問題であ
ることを印象づけようとした。

 本日、国連安保理緊急協議で、ミサイル発射の対応が話し合われた。

 ロシアと中国は全会一致の声明を出すよう要請したが、米国と日本と英
国は、今朝、北朝鮮のミサイル発射を非難し、ミサイル計画に関連するす
べての資金と技術や物資の移転を停止させる決議案を提出した。

  この決議案を他国、とくに中国がどう受け止めるかは、わからない。
 中国は従来から北朝鮮に対する行動を阻止してきた。

  ライス国務長官は、今朝、記者会見で、世界の指導者たちが表明した怒
りが、この件が米国と北朝鮮だけに関わるものではないことを示す、と語
った。

  彼女は、ブッシュ政権は、この問題は6カ国協議でもっともうまく対処
できる、と付け加えた。

  米政府筋は、ヒル国務次官補が、米国の友好国(注:alliesこの場合、
中国とロシアも含む)との話し合いのためにこの地域を訪問すると述べた。

  一連のミサイル発射は、日本からの迅速かつ鋭い非難を誘発した。
  日本の安倍官房長官は、これらのテストは「国際社会の平和と安定、さ
らには大量破壊兵器の不拡散という観点から重大な問題」と述べた。

  韓国は、朝鮮半島の危機感を和らげようと、北朝鮮の長距離ミサイルの
テストの軍事的重大性を抑え気味だが、コメを含む人道支援を大幅に凍結
すれば、最も厳しい制裁を科すことができる。

  北朝鮮の動きは、最も親密な同盟国の中国にとっても侮辱であり、中国
は"非公式"の6カ国協議を開催しようとしていたところだった。

  中国政府は、北朝鮮が参加拒否を取り消したり、その決意を示すために
ミサイルを発射することなしに、北朝鮮を交渉のテーブルに復帰させるた
めに、この非公式協議の開催を望んでいた。

  だが一方で、中国は、米政府と日本政府を見ながら、動いている。
  北朝鮮の核計画は、米日のミサイル防衛開発に、正当性を与えた。

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『ワシントン・ポスト』(米)                   2006年7月6日付
          −6カ国協議、そして6個のドーナツ



  朝鮮半島の動向が緊張すると、強硬派はドーナツを買いにいく。

  北朝鮮があからさまに米国に反抗しミサイルを発射してからの、ブッシ
ュ大統領の初めての公式発言は、移民問題について話すために、アレキサ
ンドリアのドーナツ屋に向かう車の中だった。

  ホワイトハウスのスノウ報道官は、定例記者会見の初めに「大統領はダ
ンキン・ドーナツへ行った」と述べ、何人かの記者は冗談だと思ったのか、
笑った。

  だが、冗談ではなかった。
  サダム・フセインのすべての動きを開戦理由として解釈した後、ブッシ
ュ政権はキム・ジョンイルに対しては、これとは反対のアプローチを取っ
ている。
  政府高官たちは、この大きなミサイルを持つ小さな男に、彼が望む注目
を与えないようにするよう決意していた。

  ライス国務長官は、"6カ国協議の枠組みの知恵"と"この種の問題解
決に使える外交的インフラ"を語った。

  ボルトン国連大使は、"理事会から、穏やかで強い、全会一致のシグナ
ルを発することができると思う"など、テレビを見ているネオコンが物を
投げつけそうなことを言った。

  数年前、この政権は息もつけない言葉で、イラクを語った。

  今はどうか?  この政権は安保理で、北朝鮮に対する制裁と孤立化を働
きかけている。

  政権の高官たちは、超大国のスポークスマンというより、行儀の悪い子
供を心配する親のような話しぶりだ。

  昨日午後のブリーフィングの時点で、スノウ報道官は軍事行動を否定し
ていた。
  政権の「すべての選択肢がある」という主張について質問された彼は、
「すべての状況下で、すべての選択肢を残しておく」と答えたものの、「米
国は外交的解決に関心を持っている」と付け加えた。

  それは、明らかだ。スノウ氏は"6カ国協議"というフレーズを5回使
った。

  彼は、「米国の対応は、北朝鮮をいかに交渉のテーブル、6カ国協議に
復帰させるかを、同盟国(註:alliesこの場合、中国とロシアも含む)と
検討しているところだ」と主張した。

  一国主義であれ、多国間主義であれ、この政権は確かに一途である。

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『ロサンゼルス・タイムズ』(米)               2006年7月7日付
          −ブッシュ、中国とロシアに相談;
    米国が北朝鮮への団結した対応を推進し、
                 国連のリーダーたちが話し合いを続行

		  


  ブッシュ大統領が、北朝鮮への外交的圧力をかけるための努力をステッ
プ・アップさせ、木曜日にロシアと中国の指導者たちと電話会談する一方、
国連の外交官たちが、北朝鮮のミサイル・テストとさらなる発射の脅迫へ
の対応策を模索した。

  国連安保理がこの件に関して2日目の協議を行う傍らで、ブッシュ政権
は迅速な行動への期待を削ごうとした。

  大統領は「外交は時間が必要だ」と語り、報道官は忍耐を求めた。

  安保理で不一致の兆候が見えるにもかかわらず、ブッシュ氏は彼がいう
ところの一致したアプローチを求めた。

  ブッシュ氏は、北朝鮮に対する具体的罰則を科す提案に最も直接的に反
対しそうな中国とロシアに、働きかけていた。

  フーチンタオ主席も、プーチン大統領も、平静を保つことが重要だとい
う声明を出した。

  指導者たちは忍耐を要請したが、それぞれに限られた選択しかない。

  ブッシュ氏は、木曜日夜、もしミサイルが米国領土を脅かせば、アラス
カとアリフォルニアにある基本的なミサイル防衛システムが使用された
だろう、と語った。

  国防総省高官たちは、このミサイル試射への対応における米軍の役割を
控えめに示し続けた。

  中国とロシアは、歴史的に、時には仲違いしながらも、北朝鮮と最も親
しいパートナーだ。

  木曜日の電話会談に先立ち、ブッシュ氏は水曜日夜に日本の小泉首相と
韓国のノムヒョン大統領と電話会談した。

 ブッシュ氏は、「私のメッセージは、この問題を外交的に解決したいと
いうことと、この問題を外交的に解決する最良の方法は、われわれがひと
つになって動くことだ、ということだった」と語った。

  韓国は、疎外された隣国への人道支援を凍結したが、経済的関係は切っ
ていない。北朝鮮と共同の工業団地の計画は、予定どおりに続ける。

  来週、韓国のプサンで、北と南の閣僚級会議が開かれる。

  一方、韓国は、米政府のテポドン2が発射42秒後に墜落したという説
明に異議を唱えた。
  韓国の軍当局者は国会で、テポドン2が約7分間、300マイル近く飛
翔したと語った。

  国連では日本が提出した、北朝鮮に対する制裁と6カ国協議への復帰を
求める決議案についての話し合いが続けられた。
  中国とロシアは、拘束力のない非難声明を押している。

  米国のボルトン国連大使は、「われわれの懸念は、単に発射された7発
のミサイルではなく、これらが大量破壊兵器、とくに核兵器と結合された
場合にある」と語った。

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  次は、米有力紙が掲載した、イエール大学の助教授による寄稿の要旨を
ご紹介したい。

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『ウォールストリート・ジャーナル』(米)       2006年7月7日付
           −中国カード;マイケル・オースリン筆




  本日、国連による制裁への見当違いな希望や、ミサイル発射宣言が浮上
する中で、米政府は最後に残された外交的機動:新たなバージョンの"中
国カード"に賭けるべきだ。
  米国が退き、中国政府に責任と潜在的な信用を渡すという手だ。

  なぜ中国が、事態の収拾に乗り出すか?  自らの国益のためである。
  フーチンタオ氏が、中国の都市を核攻撃できる北朝鮮政府を望んでいな
いことは、確かだ。
  さらに、フー氏は、これがキムジョンイルに対して影響を及ぼせる最後
の機会であることを認識するべきである。

  北朝鮮政府の進路を変更させる選択肢は乏しく、脆弱だ。
  6カ国協議は、最良の多国間の解決策だったが、水曜日の発射で瀕死の
状態にある。
  米国は、二国間対話を拒み続けている。
  日本は、フェリーの入港を禁止し、国連による制裁を求めると表明した
が、キムジョンイルが原子炉の再稼動を決意した2002年以降に実施さ
れた同様の対策は効果がなかった。
  韓国は、北朝鮮との関係改善への願望と、従来型の大攻撃の脅威によっ
て、麻痺している。

  中東に焦点を当てているブッシュ政権にとって、最上の選択肢は、なる
べく大きな実のある、より小さな役割を担うことだ。
  中国に対しては、北朝鮮の核計画を廃止・中止させるための適切な計画
を米国は支持するが、キムジョンイルがその兵器や能力を維持するような
合意には黙っていない、と告げるべきだ。

  中国政府は、長年この地域での主導的役割を望んできた。
  今、それとあわせて、成功への責任を手にできる。

  米政府には、あまりほかの選択肢がなく、北朝鮮の兵器計画を逆戻りさ
せてしまいそうだ。
  米国の政策担当者たちは、北東アジアにおける実質的優位を中国に与え
るものだとして、尻込みするかもしれない。
  だが、この危機で、中国をうまく中心的役割に導けるかどうかは、米政
府のリーダーシップの真のテストとなる。
  最終的には、重要な目標が達成されなければ、意味がない。 

続く