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小泉ニッポン!"東アジア一人ぼっち"劇場 2

(報告:常岡千恵子)


 ところが、2005年10月24日付『産経新聞』は、「米政府は一切、
見解を述べず、日中両国が一般的に対立を深めることは好ましくないとし、
その防止には『より多くの対話を』(国務省報道官)を望むという範囲に
とどまっている」と報じた。

 だが、報道官は、「懸念の根拠は理解している」とまで言明しているの
だ。
 この応答のニュアンスが読めないようでは、ひょっとして、『産経新聞』
は外交オンチなんじゃなかろうか、と心配してしまう。
 もしかすると、大半の米国人が、日本の首相の靖国参拝に不快感を抱く
という、基本的な心情を知らないのかなぁ・・・?
 現に、米共和党の実力者、ヘンリー・ハイド下院外交委員長が、駐米日
本大使に、不快感を示す書簡を送ったのにィ!

 さて、時計の針を元に戻すと、参拝翌日の2005年10月18日、米
紙『ニューヨーク・タイムズ』が、参拝を批判する社説を掲載。
 この社説については、日本のメディアが広く報じたので、本稿では省略
し、オーストラリア紙の分析記事と、カナダ紙の論評の要約をご覧いただ
きたい。

。。。。。。。。。。。。。

『ジ・オーストラリアン』(オーストラリア)2005年10月18日付
     −首相は、この地域のわずかな親善を毒した 


 もし小泉首相が、故意に抑制した靖国神社参拝に対して、近隣諸国が少 しでも理解を示してくれると期待していたなら、彼は直ちに、その誤りに 気づかされた。    小泉氏は、毎年8月15日に靖国神社を参拝するというもともとの約束 を中途半端に守ってきただけだが、この地域の他国にとって不快なシンボ リズムである靖国から日本政府を切り離すことより、"誠実"という彼の 国内の評判に愛着があることを示した。  この神社には、悪名高い戦犯を含む、日本の戦没者が祭られている。    彼には、チャンスがあった。  9月11日の選挙で圧勝し、任期あとわずか1年なのだから、小泉氏は 靖国参拝の約束を撤回し、元抑圧者とねじれた政治的関係を持つ中国と韓 国に、新たなスタートを提供することもできた。  ところが彼は、ノムヒョン大統領と中国の指導者に、残された小泉政権 の任期中は関係改善を行わないという、新たな動機を与えた。  一方、中国政府は、(後継者に)たとえば安倍晋三氏のような、小泉型 ナショナリストを選択することの潜在的コストを、日本政府に知らしめし て、事態をより困難なものにしたいだろう。  小泉氏が靖国参拝によって得た政治的利益は、とっくに消えてしまった。  しかし、日本が負うコストは、積もり続ける。 。。。。。。。。。。。。。。 『グローブ・アンド・メール』(カナダ)  2005年10月18日付      −小泉が日本の戦没者に敬意を捧げることで払う犠牲  舞台は、東京中心部の靖国神社。唯一のキャストは、日本の首相、小泉 純一郎。  そして、彼の儀式は、第二次世界大戦の何千人もの戦犯を含む、日本の 戦没者に栄誉を与えることだ。  昨日の小泉氏による論争の的の神社への巡礼は、高まる国際的批判に対 する抵抗を演出したものだった。  わずか2週間前に、日本の高等裁判所が、小泉氏の行為は違憲だと判断 した。  日本の軍国主義の犠牲者だったアジアの国々は、常にこのような参拝に 反対してきた。  小泉氏の先日の行為は、日本の近隣諸国との関係をさらに低下させた。  この地域に及ぼす長期的なダメージは、はるかに大きい。  ドイツの徹底した歴史への反省により和解したヨーロッパとは違って、 東アジアは、日本の過去の戦争への自省の欠如にさいなまれてきた。  確かに、日本の指導者たちは、8月15日に小泉氏が読んだ謝罪を含め、 何度も謝罪を表明した。  だが、自民党の有力政治家たちが、これらの謝罪を拒絶するか、傷 つける発言を数多く行ってきた。  日本の軍国主義の犠牲者や、明哲な歴史観や正義感を持つ人々にとって、 小泉首相と国会議員多数による毎年の靖国参拝は、彼らの"深い反省"の レトリックを欺瞞にするだけである。  小泉氏と彼らは、自らの行為を、日本の文化と伝統に従うものだと正当 化している。  しかし靖国は、日本が19世紀後半に、外征や帝国主義戦争努力のため に創造したものだ。  靖国の文化は、全体主義国家への盲従であり、靖国の伝統は、戦争と侵 略を通じた植民地主義と帝国主義のひとつである。  小泉氏は、今日の日本の繁栄のために犠牲になった人たちに敬意を捧げ、 平和を祈るために靖国を参拝している、と主張する。 だが、神社に付随する最先端の戦争博物館を訪れれば、神社が参拝者に、 祭神たちと同じ生き方を求めていることが明らかだ。  そして、そこでは、日本は悪いことはしていないとする歴史観を見つけ るだろう。    小泉首相は、確固たる態度を見せて、外国からの批判に対する国民の憤 りを操作した。  彼は、高い人気を維持することができた。  小泉氏の靖国参拝の冒険行為は、国内では非常に限られた反対しか直面 しなかったが、これは同時に、日本が国家として、過去の戦争責任に向き 合えないことを反映している。  国際的には、小泉氏はアジアで信頼を失った。  他方、ドイツの首相がナチの記念碑を訪れて平和のために祈っていると 世界に公言することは想像もできないが、小泉氏はより広範な国際的糾弾 を免れてきた。    2001年の最初の参拝の際、小泉氏は側近に「行くも地獄、行かぬも 地獄だ」と語ったが、彼のギャンブルは、確かに彼を地獄の淵に立たせて いる。  だが、日本のためには、彼と一緒に淵を渡らずに、靖国への道を強固に 閉ざした、将来への道が作られなければならない。

続く