ヒマヒマバブル絶好調道の川柳・森川晃

地理に詳しい人〜なぜか名阪国道



 地理に詳しいとか、土地勘があるというのは、なにをもって決まるのであろう
か。地名をたくさん知っていて、それぞれの位置を把握し、ある条件で連続して
並べられることだろうか。東京から栃木県宇都宮までは、東京、大宮、古河、小
山、下野、宇都宮が浮かべば詳しいと思う。古河、下野が無くてもまあ合格だろ
う。これは東北新幹線の駅である。このくらいのピッチでさらに北上して仙台、
盛岡、八戸に到達すれば東北地方の主軸は理解していると言える。

 しかし、同じ東北軸でも高速道路では、地名が若干異なる。東京の起点は、東
京ではなく埼玉県川口で、ここから東北新幹線の筋の東側を北上する。岩槻の
北、久喜の手前で新幹線と交差して西側に移る。加須、館林、佐野、栃木、鹿
沼、そして宇都宮である。鉄道に置き換えると東武伊勢崎線、JR両毛線、東武
日光線のルートにあたる。ここまで知っていたら地理に詳しいと言うよりも鉄道
マニアである。

 明治から昭和にかけては、国策として全国を網羅する交通網には鉄道が選択さ
れ、昭和初期までに既存の都市はほぼ何らかの鉄道でつながった。主なJR線の
通過都市の並びを知っていれば、おおむね日本の地理に詳しいと言えるように
なったのだ。その後、1963年(昭和38年)7月16日に名神高速道路の栗
東ICと尼崎ICの間71.1キロが開通した。昭和30年代は名神高速道路の
全通を目指していただけで、未だ高速道路は試験運用のようなものだった。

 しかし、鉄道は新幹線と都市部の地下鉄以外の敷設はなく、高速道路へのシフ
トは始まっていた。それから20年、昭和50年代には高速道路の幹線は開通
し、平成に入ってからは枝線が順次開通した。鉄道ほど密度は高くないが、おお
むね全国を網羅している。

 ところで、高速道路は先述の宇都宮までのルートだけでなく、多くのルートが
既存鉄道のルートとずれている。高速道路は、鉄道に比べて広い用地が必要で、
既存市街地への新設は難しい。主たる目的地に到達すれば、途中は用地を確保し
やすいルートを選べばよい。また、山間部など鉄道敷設時には技術的に難しく迂
回した区間をトンネルで短絡した。さまざまな理由による「ずれ」は、新たな地
理勘を要するものとなった。東北道だけでなく、東名高速も神奈川県内は新たな
地名を覚えさえた。東海道線では、川崎、横浜、大船、藤沢、茅ヶ崎、平塚、小
田原、湯河原、そして静岡県熱海まで並べれば合格だが、東名高速では、川崎、
横浜の次は海老名、厚木、秦野、松田を覚えなければならない。これは小田急線
の地名である。関越道では、川越、東松山、花園、藤岡を経て高崎に至る。

 常磐道も三郷、流山、谷田部、つくばを経て土浦に至る。後者はTX(つくば
エクスプレス)で知名度は高くなったが、いずれも高崎、土浦という知名度抜群
の地名に至るまではきつい。「つくば」の知名度は高いが、これは土地が有名な
のではなく、学園都市が有名なのであり、茨城県における位置はそれほど浸透し
ているとは思えない。

 高速道路が全国を網羅して20年ほど経た。高速道路を使って移動することも
珍しくなくなっている。新幹線に比べて遅いので、通過する地名を聞くことも少
なくない。東京、名古屋、大阪付近では渋滞が頻発するため渋滞情報を入手する
こともある。高速道路の通過する地名は徐々に馴染んできた。いずれは、これら
の「ずれた」地名を並べることが地理を理解することになるかもしれない。しか
し、これらの土地はあくまでも通過点であり、市街地は鉄道沿線に集中してい
る。本当は覚える必要はないのかもしれないが、ある程度覚えないと高速道路が
線でつながらない。

 たとえば、大阪以西、九州までの中国地方縦貫線は、現在は瀬戸内海沿岸の有
名都市を結ぶ山陽自動車道が主流だが、山間部を通過する中国自動車道が先行開
通している。中国自動車道しかなかったころは、名神高速道路の吹田JCTか
ら、神戸、吉川、福崎、佐用、津山、新見、庄原、三次、広島、六日市、鹿野、
山口、下関という並びである。これらが何県に属するのかわかればたいしたもの
である。神戸の次に確実に位置を把握できているのが広島であっても仕方がない
と思う。これでは、500キロに及ぶ区間で、大阪、神戸、広島、山口、下関し
か並べられない。

 山陽自動車道ならば、神戸以西は、姫路、赤穂、岡山、倉敷、福山、尾道、西
条、広島、岩国、徳山、防府、山口と容易に並べられるだろう。連続して言えな
くても聞けば、なるほどと理解できるだろう。中国道は正解を聞いてもわからない。

 さて、そもそも地名を知っているとはどういうことなのだろうか。これは、地
名が読めること、書けることだと思う。読み書きは入口で、その先に位置の理
解、連続化のような意味を付加すると思うかもしれない。たいていの知識は、現
象は知っているが、それを何と言うのかわからないことを知識不足と言う。しか
し、言い方を知っていても意味が説明できないと軽蔑されるだろう。前者は単に
定義なので、本質ではないと考えるかもしれない。しかし、言い方を知っている
とほかの人に説明しやすい。

 当方は、子どものころから高い頻度で地図を見ている。外国の地図を見ること
も少なくない。世界の主要都市の詳細な地理もなんとなくわかる。たとえばパリ
の都心環状道路であるペリフェリックのルートだけでなく、出入口や放射高速道
路とのジャンクションの複雑な線形も図示できる。しかし、あまり積極的に知っ
ていることはアピールしなかった。地名が読めないのだ。フランス語は発音しな
い文字が多く含まれているし、基本的な発音もよくわからない。読むことはでき
ない。書く方もきつい。図形としておぼろげに理解しているだけなのだ。それだ
けでも、ほかの人の説明を聞くには困らないが、自分から情報を発信することは
難しい。書き方をなぞればなんとか論文は書けても、それを自分の口で発表でき
ないのはつらい。地名に関しては、付加価値、書き方、読み方の順に重要になる
と考えている。読めることが地名を知ることなのだ。

 ところで、日本の地名の読み方はとても難しいと考えている。子どものころ、
鉄道の時刻表を愛読していたことがあるが、これは地名の読み方を覚えるのにと
ても役に立った。時刻表にはすべての駅の読み方が記されているのだ。規則性は
よく知らないが、地図においても鉄道の駅名は、ひらがなで記されていることが
多い。双方を照合しながら読み進めていくと、子どもは暇なので、気づいたら少
なくとも鉄道の駅はすべて読めるようになっていた。しかし、当時からすでに道
路を意識していたので、鉄道とずれたルートの地名が読めなくて困った。道路に
ついても時刻表にあたるものがあればよいと思っていた。

 ちなみに、現在は「道路時刻表」が発行されているが、地名の読み方は記され
ていない。ガイドブックはなかったが、地道に道路に接してきて、なんとなくど
こでも読めるようになってきた。しかし、一般道路を含めて地名を読めると言え
るのは、ほぼ日本のすべての地名を読めると言うことである。さすがにそれは言
えない。当方にとって未知の読み方はいくらでも隠れているはずだ。しかし、高
速道路、およびそれに準ずる出入制限された自動車専用道路のインターチェンジ
名にしぼれば大丈夫なはずだ。特に意識して順番に読めるようにしていったので
はないので、その経緯は思い出せないが、割と最近まで「読める」と自信を持っ
て言えなかったのが、名阪国道であることは確かだ。

続く