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「福岡北九州高速道路10年史」3

名古屋高速道路・まとめ

「福岡北九州高速道路10年史」福岡北九州高速道路10年史編集委員会 福岡北九州高速道路公社

 さて、名古屋高速道路だが、当初計画は都心と名古屋環状2号を結ぶ6本の放射路線で構成されていた。
都市間高速道路との直結は、5号万場線の名古屋西JCTでの東名阪自動車道のみで、都市間高速道路をつなぐ交通は想定していない。名古屋都心と郊外を結ぶだけである。これは、環状2号が一般部と自動車専用部のハイブリッド構造で、専用部が通過交通を分散させる機能を果たすせいである。 実は、名古屋高速道路公社が設立される前の構想段階では、この専用部も都市高速道路に含ませる予定だった。

現在は都市間高速道路の東名阪自動車道(名古屋西JCTから高針JCTまで)や伊勢湾岸自動車道(名古屋南JCTから飛島ICまで)として部分開通しているが、道路構造は都市高速道路そのもので、東名阪区間は、国内の都市間高速道路で最も幅員が狭い。(狭いとは言っても4車線で、1車線あたりの幅はほかの都市間高速道路と同じである。路肩が狭いのだ。インターチェンジの間隔も短く、環状2号線専用部の全区間が均一料金になっている。)


◆地図5
名古屋高速道路公社立ち上げ時の計画路線図。
都心と港湾部から三河方面へ横断する幹線(国道23号)を結ぶ
南北の高速3号から着工し、1979年7月25日に公社初開通
区間として、高辻Rと大高Rの間10.9キロが開通した。

◆写真8
名古屋高速2号大高R
(2005年12月23日、著者撮影。)

 最初の開通は、1979年7月25日、3号大高線の高辻出入口と大高出入口の間である。当時は2号大高線と呼ばれていた。高辻出入口は都心には届かない位置である。

大高出入口は重交通を担う国道23号(名四国道)に接続する絶好の位置にあったが、交通量は1日1万台程度だった。全体計画にブレがなく、建設可能な区間から着手させている感があり、1986年から10年ほど、開通区間が連続しない期間があった。1985年5月7日、高速3号大高線が都心環状線に到達し、都心環状線が部分開通した。

その1年半後の1986年10月27日、高速5号が開通した。5号は都心環状線を交差する配置だが、このとき交差箇所の都心環状線は開通していない。そのため、3号と5号は接続していなかった。そして、1988年4月26日、都心環状線の南半分と2号東山線が吹上東出入口まで開通した。当時は単に吹上出入口と呼ばれていた。

2号と5号で都心を東西に貫通し、それを下から受け止めるかたちで都心環状線が配置されている。都心環状線はクロックワイズ一方通行であるため5号から3号への渡り線がない。そのため、2号吹上出入口の先の延伸予定箇所に大規模なUターン路(吹上連絡路)を設置して、渡り線の機能を果たした。さまざまな都市高速道路の暫定措置の中でも秀逸な方策である。トリッキーな手段ではあるが、開通区間はすべて連続した。

しかし、8ヶ月後の1988年12月21日、1号楠線の萩野仮出入口と楠出入口の間が開通し、不連続区間ができてしまった。この区間が連続するにはずいぶん時を経た。

1995年9月19日、1号が都心環状線に接続し、すべての開通区間が連続した。都心環状線も全通しているので、吹上連絡路も廃止された。1986年から続いた暫定措置はようやく終焉を迎えたのだ。都心環状線から1号、3号、5号が放射状につながり、6本の放射線のうち半分が完成した。今後は、残り3本を順次開通させていくかと思われたが、交通需要の変化は全体計画の見直しを強いた。


 都市間高速道路との連絡を重視しないかたちの計画だったが、名古屋西JCTで東名阪自動車道と接続する5号万場線の交通需要増大傾向を見て、東海道幹線の東名高速道路や名神高速道路と名古屋高速との接続は避けられなくなった。2号東山線は名古屋高速道路公社設立以前、東名高速道路の名古屋ICに接続する構想だったが、沿道環境への悪影響や、国道153号との接続を考慮して環状2号までになった。

東名高速道路との接続は後回しにして、まずは名神高速道路との接続を考えた。1号楠線を中央自動車道との接続にも便利な小牧ICまで延伸させることになった。この区間は、国道41号上に犬山市まで建設する構想のあった名濃道路を名古屋高速道路公社が引き取ったものである。2000年4月10日、11号小牧線として開通した。尾北区間ということで、楠までの1号とは別料金徴収になった。連続利用すると2回徴収で、高額な料金はあまり評判がよくなかったが、高い利便性により交通量は漸増していった。この開通で南北方向の開通区間が11号から1号、都心環状線、3号を経て28.8キロと、ずいぶん長くなった。


 2003年3月23日、2号東山線が全通し、東西方向が全通した。残りは、2本目の南北線である4号、6号だけである。2005年の愛知万博開催による建設特需で、当然この区間を開通させると思いきや、6号のさらに北側の当初計画にない16号一宮線の開通が先行した。この区間も11号小牧線と生い立ちが似ている。国道22号上に岐阜市まで建設する構想のあった名岐道路を名古屋高速道路公社が引き取ったのだ。一宮市街、および名神高速道路と名古屋都心を接続させる路線である。万博までには、東名阪自動車道と接続する清洲JCT以北、一宮市街の一宮東出口、および一宮中入口までしか間に合わなかった。都心環状との接続は2007年12月9日に実現した。


◆地図6
名古屋高速道路の2008年11月時点の路線図。
(赤は開通区間、青は工事区間である。)
残区間の高速4号山王JCTと東海JCTの間は2012年度の完工を
めざして鋭意工事が進行している。この区間の開通で、計画区間はすべ
て開通することになる。

 未開通区間は、4号東海線だけになった。一部区間で用地買収の遅れが見られるが、おおむね順調に建設が進んでいる。2010年度に都心環状線から2.8キロの西郊通出入口まで開通し、2012年度に伊勢湾岸自動車道とする東海JCTまで開通する予定である。これで、すべての路線が開通したことになる。11号小牧線、16号一宮線は北進できるかたちになっているが、現時点で延伸予定はない。いずれも(特に11号小牧線の)終点出口で渋滞が発生しているので、早期に延伸を策定すべきとは思うが、4号東海線開通より先行させることはなさそうだ。


◆グラフ1
福岡北九州高速道路公社、名古屋高速道路公社の供用延長変移。
1991年3月31日、当時の日本道路公団から北九州道路、
北九州直方道路の春日Rと八幡ICの間32.8キロを譲り受けた
ことによる差異が続いていることがわかる。

 さて、福岡高速、北九州高速、名古屋高速の供用延長をおなじ尺度でプロットしてみると、なかなか興味深い結果が得られた。(◆グラフ1を参照。)

 福岡高速と北九州高速を合せて公社単位でみると、ある時期までほとんど同じである。ある時期をすぎた後、差異は発生しているが、差異が一定のまま漸増している。「ある時期」とは、1991年3月31日である。先述のようにこの日、日本道路公団から北九州道路、北九州直方道路を譲り受けた。これらの32.8キロが、その後に発生した「差異」である。差異は、自分で建設していない。もちろん当初計画にはなく、突然降って沸いてきたのだ。供用延長ではなく、建設延長とすれば、両公社の建設経緯にほとんど差異はない。都市高速道路のように複雑な構造物には、建設に時間のかかるものが含まれている。また、都市部を通過するため区画整理を含む大規模な都市計画に組み込まれ、調整に時間のかかることもある。たとえ、予算が同じでも、なかなか開通時期までは同じにすることは難しい。都市圏の成長経緯は独自のもので、ほかの都市圏の例はあまり参考にならないものである。大規模プロジェクトである都市高速道路の建設経緯の酷似により、名古屋都市圏と、福岡北九州都市圏は、さまざまな偶然の重なりによりほぼ同じ規模であると言えるかもしれない。当方は道路以外には疎いが、狭い範囲でも突き詰めると案外真理が見えることもある。   【交通量】  開通延長の差異については、建設延長と考えれば両者に差異はないと記したが、交通量の変遷には大きな差がある。


 1991年の北九州高速4号譲渡までは、ほぼ同じように開通延長と同様の漸増傾向にあるが、福岡北九州道路公社の交通量が一気に増えた。これまでの交通量は福岡高速の半分以下だった北九州高速だが、北九州道路、北九州直方道路の通過交通量1日8万台が加算されたのだ。1991年の1日あたりの交通量は、福岡高速が7.2万台、北九州高速が約11万台である。このとき名古屋高速は約12万台である。公社単位では、名古屋高速が6万台以上の差をつけられたのだ。32.8キロで6万台の差ということである。その後の開通延長は両公社ともに同じような伸びなので、都市圏の勢力差がなければ、いつまでたっても6万台の差を縮まらないはずである。ところが、それから16年後の2007年には、名古屋高速がやや上回るようになった。

 1991年以降の福岡、北九州それぞれの交通量の伸びに妙な傾向が見られたのだ。福岡高速は開通延長の伸びに比例して交通量が漸増しているが、北九州高速は1992年をピークに交通量が漸減している。1991年のそれぞれの交通量は、北九州高速が福岡高速を3.8万台上回っていたが、1999年に北九州高速が10.4万台に対して、福岡高速が12.5万台と優勢に立った。その後、差は広がり続け、2007年度にはダブルスコアになってしまった。福岡高速は16年で10万台増え、北九州高速は1万台減っているのだ。その間の開通延長では、福岡高速が約30キロ増えているが、北九州高速はわずか4キロしか増えていない。

交通量の差異は開通延長の偏向に起因するとも言えるが、開通延長は決して短くはなっていないので、交通量の減少は、やはり北九州都市圏の勢力減退に起因していると言わざるを得ない。なお、同期間の名古屋高速では、交通量が15万台増え、開通延長は39キロ伸びている。


 都市圏の大きさを交通量とすれば、名古屋都市圏と福岡都市圏の規模比は3:2である。これに北九州都市圏を加えるとは、規模比は3:2:1になる。勢力を交通量の増加率とすれば、名古屋と福岡は同じような勢いで成長しているが、北九州を加えて対比すると2.6:2.7:1になる。

つまり、2007年に名古屋高速が福岡と北九州を合せた交通量に追いつき、名古屋と福岡の勢力が同じで、北九州を考えないとすると、今後は名古屋と福岡の規模差の分だけ毎年名古屋が福岡北九州に差をつけていく傾向にあると言える。2008年はまさにその通りの結果になったが、果たして、2009年度以降はどのような結果になるのだろうか。


◆グラフ2
福岡北九州高速道路公社、名古屋高速道路公社の日平均交通量変移。
1991年3月31日、当時の日本道路公団から北九州道路、北九州直方道路の
春日Rと八幡ICの間32.8キロを譲り受けたことにより、1991年に北九
州高速道路の交通量が増大し、名古屋高速との差異が発生した。しかし、それか
ら16年後の2007年に名古屋高速道路の交通量の増大により差異はなくなった。

【まとめ】 「路線」と「交通量」で両公社を比較検討してみたが、前者はインフラ整備という「供給」にあたる。後者はその利用度合いという「需要」にあたる。需給バランスがよければ、公共投資が批判されることはない。一時期、道東自動車道の建設が批判されたことがあるが、某政治家が地元に引き込んだカネは、首都高速中央環状新宿線が1キロ建設できるかどうかという程度である。山手トンネルが過剰インフラかどうかはなかなか判断が難しいところがあるが、ほぼ同額の投資で開通したアクアトンネルほどは批判されていないと思う。

 名古屋高速道路公社と福岡北九州道路公社の供給はほぼ同じで、需要は現時点では同じである。しかし、需要については、後者には32.8キロの贈り物による需要増が含まれている。もし、前者に同様の贈り物があれば、需要には大きな差異が発生したかもしれない。

たとえば、東名阪自動車道の環状2号区間を譲り受けるとか。距離は30.9キロである。この区間の交通量は、1日あたり11万台以上である。福岡北九州道路公社が永遠に追いつけないほどの差がついてしまう。東名阪道は、名古屋と大阪を国幹道(国土開発幹線自動車道)で結ぶ名神高速道路の代替ルートである。名古屋高速道路公社の管轄では、自由な制御が難しくなる。

ところで、伊勢湾岸自動車道の全通により、名神高速道路の代替ルートは変わった。東名阪自動車道の名古屋ICから四日市JCTまでの区間は、通過交通への配慮が不要なローカル幹線に機能を変えている。名古屋市街と三重県を結ぶ役割だけを担うようになった。通過交通が少なくなってもこの区間の断面交通量は、1日5万台以上である。以前は9万台だったので、差分が伊勢湾岸道にシフトしているのだ。ちなみに、伊勢湾岸道は5万台以上で、シフト交通以外に新たな需要を受け入れている。


高速道路は、迷走する政治に翻弄されている。まずは、不採算路線を手放して無料開放した。今後は、さらにドラスティックな有料道路開放政策によりNEXCOが幹線以外は手放すかもしれない。東名阪自動車道のローカル区間が、突然、名古屋高速に変わるかもしれない。そうなれば、名古屋VS福岡北九州の対決は、後者のKO負けになるだろう。

ところで、名古屋市では増大する自動車交通の流入抑止を検討している。社会実験も実施された。都心エリアに侵入すると課金されるシステムである。海外ではすでに実施している都市は多い。東京圏、大阪圏に次ぐ大都市圏ではあるが、鉄道整備は立ち遅れている。公共交通機関の方が早く移動できる区間は限られているので、自動車を追い出すのは難しいだろう。

実は、名古屋高速の高い通行料金が都心流入の課金と考えているようなユーザは少なくないような気がするのだ。渋滞が発生しても首都高速のような停滞ではないので、郊外から都心までおおむね10分以内、距離の長い3号大高線でも15分もあれば到達することができる。このわずかな時間のために750円は高い。この料金を都心流入課金と考えれば納得できるのではないだろうか。

名古屋高速は先述のように通過交通は多くない。ほとんどが都心と郊外のアクセスに利用している。課金システムは、一般道路のエリア境界線上にゲートを設置して無線でチェックするようだが、インフラ整備に費用がかかる。名古屋高速の通行料金のうち400円は流入課金であると宣言してしまい、400円は沿道環境保全や道路維持以外の福祉や教育にも使われるようにする。納得できる説明がないまま道路の収益をほかにまわすより画期的な方策だと思うが、どうだろうか。新たなインフラ整備費用もかからない。鶴の一声だけで済む。通行料金を割り引く理由もなくなるので、収益は減らない。2009年4月、地味な名古屋市政に有名人の市長が当選した。期待したい。 (2009年5月15日、脱稿。)


続く