戦争・軍事 > 戦争・軍事東長崎外(国内)北海道

戦車兵神博行の自衛隊チェック88

(カメ)


『雪中でカメになる74戦車』


 戦車が泥濘地や不整地、雪深い所で動けなくなることを『カメ』と言う。 冬
季の中隊検閲の仮敵部隊として参加した時の話である。
私の戦車は戦車小隊の2車であった、編成上も車長であるE二曹の操縦手として
参加したのだが、小隊長車も3車(小隊陸曹車)も操縦手は私以外は三曹の陸曹
ばかりであった。
状況開始して数時間後小隊長車はカメとなり『実故障』で行動不能になってし
まった。

脱出するのに我が戦車でカメ戦車を引っ張ったのだが脱出は困難だった。小隊長
は我が戦車を小隊長車とし、車長E二曹をカメ戦車の車長残し行動を開始した、
カメ戦車の操縦手はベテランだった。
『脱出不能』


 小隊長はT三尉で自衛隊生徒出身のI(部内幹候)出身である、元々61戦車部
隊からの人で74戦車の指揮は慣れていないようだった。
61戦車は丈夫で上手に操縦さえしていれば簡単に履帯は外れないが、74式戦車
は油圧で姿勢制御が出来るが、その分雪深い場所で無理な走行をすると履帯が外
れる、『操縦手、右』と命じられて右に操縦レバーをきるが急激にきると履帯が
鳴く、ベテランになると音で解る。
私も過去の経験でこれ以上走行をきると危ないと判断し、小刻みに少しづつ走行
をきる方法で旋回したが、小隊長にはお気に召さないようだった。『下手くそ』
と怒られてしまった。

 操縦手としては履帯を外したりカメになって動けなくなる方が不名誉であり、
『戦車が動けなくなったら終りだ』との信念を持って操縦している。戦車は動い
てこそ戦えるのである、『それで小隊長車のベテランドライバーはカメになった
のか』と納得した、小隊長の命令に忠実に動いた結果だったのだ。
『俺は絶対戦車を故障させないし、カメになんかならないぞ!』と誓った。
『カメ戦車を牽引して救出する』


 夜間に隠密行動で零下25度以下の中エンジンをかけ移動する命令が下った。
冬季にエンジンを切った状態で乗車待機している場合、足がちぎれそうになるく
らい冷えて冷凍庫の中にいるような中、エンジンをかけるのも困難である、それ
を昼間の名誉挽回とばかりに一発でエンジンをかけてやろうと、いつ「運転始
め」の号令が出ても良いように、バーナーでエンジンを暖めた、もちろんバッテ
リーを消耗しないように心掛けていた。

「運転始め、静にエンジンを始動しろ」夜間敵に気付かれないように移動するた
め静にエンジンをかける注意をされる。
そして命令後直ぐに一発でエンジンがかかった、他の戦車は中々エンジンがかか
らず一番乗りだ、と喜んだのも束の間だった。
エンジンの回転が止まらず高回転でとても大きなエンジン音が出てしまった、
困ったのは回転を低回転に出来なかったことだ、原因は直ぐに想像できた、エン
ジン室のロットが凍り付きエンジン室が暖まるまで回転が治まらなかった、また
しても小隊長の信用を失った。

 砲手のK三曹は『しかたが無いよ、それに一発でエンジンをかけた方を俺は評
価するね』と励ましてくれた、冬季の戦闘を理解していれば直ぐに分かること
も、内地の61戦車部隊から来た小隊長にはただの失敗としか受けとられなかっ
たのだろう。
『中々出ないので仕切り直し』


 状況が終り仮敵部隊が集合したが、我が小隊は我が戦車一輛のみだった。他の
戦車はカメで行動不能が一輛、小隊陸曹車は操縦手の操縦が余りにも…、なため
にエンジンがいかれ実故障となった戦車が一輛で健在なのは我が戦車だけとなっ
ていた。
 演習の状況で撃破され一輛になるのなら分かるが実故障で戦車が減るのは余り
名誉なことじゃない。

我が戦車の戦果、敵戦車二輛撃破であった、他の戦車もカメになったのが多く無
傷で状況を終えたのは我が戦車のみだった。
残念ながら小隊長からの評価は下がったようだが、これ以降T三尉の乗員になる
ことも無く、小隊に配属されることもなかった。
『戦車2輛で引っ張る』


 状況が終わっても訓練は終わらない、カメ戦車の回収を行う。
『カメ』に二通りある、操縦手のミスでカメになる場合と、車長の誘導によりカ
メになる場合である。後者は操縦手の責任は無い、でも助けに来てもらうとやは
りどちらも恥ずかしい。

 戦車の基本的回収は戦車で行う、戦車回収車に助けられたことは私は無い、し
かし戦車連隊の整備小隊のコールサインは『カメ』だった。
戦車に取り付けられた牽引ワイヤーをフックに引っ掛けてて引っ張る、引っ張っ
ている時は離れるのが鉄則だ、ワイヤーが切れたりフックが折れたりするとワイ
ヤーが襲って来るからだ。

 写真で見て分かる通り、戦車一輛では回収出来ず二輛で回収した。
戦車はどんな所でも走れると思っている人もいるかも知れないが、走れなくなる
と回収するのは大変だ。
写真は雪だが、ドロドロの泥の中に入りフックをかけたり、大きな泥の水溜まり
に入ったりすると、本当に大変な回収作業になる。
『冬の寒さにも負けず訓練に励む戦車部隊』


 実故障になると演習場でエンジンを降ろして整備をしたり、もっと大変な作業
を強いられる。
 最近は自衛隊の駐屯地祭を見学するのが以前より人気があるようだが、本当の
戦車の姿は見られない、きれいに洗車されよそ行きの姿をした戦車がパレードに
模擬戦闘訓練展示にと姿見せているが、無様にカメになった姿も戦車の本当の一
面であると思い写真を公開した。
 やっぱり戦車は油と汗にまみれながら、埃や泥を被り、バラキューダを巻き付
けている姿が一番カッコイイ!

続く