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シャミール・バサエフ戦死までの日々3




ロシア軍包囲下、ロシア語の新聞を読むシャミール・バサエフ。
新聞は、週に1回しか包囲下には届けられないが、
それでも新聞が前線まで届いていた。


シャミール・バサエフは、他人の話を非常によく聞くタイプだ。
最前線帰りの兵士とよく長時間に渡って話していた。

私が前線取材を3回繰り返したあとの夜、
「カートさん、わが軍の前線の状況をどう見ますか?」と訊いてきた。

「1987年以来、各地の戦場取材続けてきている」
と初日に、ちょっと戦争屋風吹かせて自己紹介したためだろう。
天下のシャミール・バサエフに戦争屋風吹かせたってのは、
ちっとは威張れるかな。

ここでの会話の大筋の内容は、著書などにも記してるので、
出版物では書かなかった細かい内容を以下に出そう。



加藤:
兵士間の距離5メートルというのはチェチェン部隊の基準ですか?

バサエフ:
この部隊にかぎらないが、5メートルくらいとしている。

加藤:
ソ連軍では、野戦では8メートル以上じゃないですか?
ニカラグア軍のジャングル戦では、
ソ連軍顧問の指導通り8メートルにしてました。

バサエフ:
8メートルのほうが良いと思いますか?

加藤:
ここクロズヌイの市街戦では、ブロックごとに距離はかわりますが、
ソルマッツ部隊のほうにあるモスク広場の周辺とかは、20メートルくらい間隔
をとってもいいと思います。
バサエフ:
他に兵士間隔を広く取ってる軍隊見たことかありますか?

加藤:
エルサルバドル市街戦部隊が8メートル。
森林地帯でのセルビア軍は、正確な数字は聞いていないが、敵との距離が近いと
ころでは、5メートルよりは明らかに遠かったです。



バサエフ:
副官と相談してみます。
他にも気づいたことあったら教えてくれ

加藤:
部隊全体に、無線機が少なすぎます。


バサエフ:
そうなんだ。しかし、装備が充実するのを待ってはいられない。
今、ロシア兵は、我々チェチェン部隊の勇猛果敢さに恐怖心を抱いている。
今がチャンスだ。攻勢に出て、敵を大混乱に陥れるチャンスだ。
どう思いますか? 

加藤:
わずか100人の部隊で1万以上のロシア軍に攻勢かけるのは危険すぎます。
ゲリラ戦は、敵が前進してくるのを待って各個撃破では。

バサエフ:
普通のゲリラ戦はそうだ。しかし、100倍の大軍を相手に勝つには、
敵の恐怖心を突くしか方法はない。


加藤:
ロシアに軍事力で勝てますか?


バサエフ:
チェチェン領内だけで戦争やっている限りは勝てない。
敵がチェチェンの首都グロズヌイを戦場にするのだから、
我々は、敵の首都モスクワを戦場にしてやらなければ勝てない。
敵を大混乱させ恐怖に落とす攻撃をしなければ勝てない。
攻撃が大切です。
この戦術についてはカートさん、どう思いますか?

加藤:
それは、軍事的に見ても正しいやり方です。
今のガタガタのロシアに対してなら、それは可能だし、効果もあるでしょう。

バサエフ:
あなたは、少数部隊による一点強襲が形勢をひっくり返した軍事作戦をなにか
知ってますか?


加藤:
1989年11月、エルサルバドル。
ほとんど壊滅状態だった反政府ゲリラFMLNが、首都の高級ホテルを占拠しま
した。1〜3階フロアーを占拠し、4階より上の客など全員を人質状態にしまし
た。政府軍、国家警備隊は包囲攻撃を数日間やりましたが、人質のために突入が
できず、ゲリラ側の和解に応じました。FMLNは、そのおかげで、自治区
持つことができ、合法的な勢力として生き残りました。あのホテル占拠がなけれ
ば、FMLNはテロ集団として壊滅していたでしょう。画期的な逆転劇でした。

バサエフ:
う〜ん、素晴らしいです。



(これら会話は、英語のできるダゲスタン義勇兵の通訳が行われました)
            
                      1995年2月中旬
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続く