|
『北部方面航空隊の表札』 平成17年9月11日に丘珠駐屯地に行った、陸上自衛隊北部方面航空隊が駐 屯する駐屯地で丘珠空港と共用で使用されている。 毎年会場時間まで営門前は見物客の列を成す駐屯地開庁記念日、毎年6月頃に 実施しているが今年は9月に行われた。 |
『丘珠駐屯地警営隊』 今年は朝7時に駐屯地へ到着一番乗りした、ちょうど駐屯地司令が登庁される のと同時で『服務中異常なし』と大声で表門歩哨が報告する声が響き、『ささ げーつつ(捧げ銃)』と警営隊が警営所前に整列し駐屯地司令に敬礼する場面を 見た。 ここで一つ私の体験から言うと駐屯地司令が徒歩で登庁される姿を見たのは初 めてだった、大体黒塗りの車に乗り一旦車から下車して答礼するのが普通だが、 近くに住んでいるためか徒歩で営門を通過する駐屯地司令はそんなにいないん じゃないかと思う。 開場前に歩哨の交替が行われ上番した歩哨を見ると防弾チョッキを着ていた、 下番した歩哨は通常の戦闘服だけだった。 |
『準備中』 午前8時会場し中に一番乗りで突入すると途中で止められた、なんと滑走路の ある会場はまだ準備中でトラロープを張っている所だった、せっかく早く来て良 い場所をキープしようと思ったのに残念、これじゃ後から来ても同じだね。 ヘリもまだ展示していなくて急いで引っ張って来ていた。 |
『ロープを張る』 『なんかダラダラとロープを張って段取り悪いね』とオバちゃんやオッさんに 文句言われているのを聴くとちょつと情なくなった。 良く見て頂きたい、普通の部隊と違う戦闘帽、顎紐があるのが判るだろう か?、これは航空科の隊員の特色で識別帽にも顎紐が付いていて普段から普通に 顎紐をしている。 戦車隊員なら鉄帽や戦車帽、ライナー等なら顎紐をするが識別帽や戦闘帽なら 顎紐はしない、だって顎紐が最初から付いていませんから。 |
『会場警備』 会場の警備は昔は制服とか私服だったが、最近は威圧的な服装になっているの が目立つ。 戦闘服に鉄帽そして防弾チョッキまで着ている。 手には特殊警棒、昔は木製の警棒だったが最近は特殊警棒を使うようになったの かと今回初めて知った。 |
『航空隊の車両』 航空機を引っ張る車両、いろいろ種類があるようだ。 隊員達が車に乗り込みエンジンをかけて競争するように走りだした。 |
『丘珠に展示された装備品展示』 各駐屯地、各部隊からいろんな装備品が来ていた。 7師団、方面衛生、5師団、11師団、第一特科団など遠方からも来ていた。 |
『駐屯地の車両』 後に詳細を書くが駐屯地の他には無い車両も遠くに展示していた、今回の展示 で目立ったのは装備品に触れることが出来ないようにロープを張っていたこと だった、戦車や砲など他の駐屯地では平気で触らせる装備も触らせないようにし ていた、ひょっとして将来はどこの駐屯地でも装備品には触れられないことに なってしまうのだろうか? |
『6普連の軽装甲機動車』 北海道はイラク復興支援群の第一次派遣隊を出したこともあって、この軽装甲 機動車を根こそぎイラクへ持って行ったため、現在北海道には2輛しか無いとの こと。 見ると美幌駐屯地に駐屯する第6普通科連隊の車輌が来ていた珍しいことであ る。 美幌と私の接点を思い出し派遣されて来ていた隊員との会話の糸口をに使った 『あのー、私の同期にNと言うのが6普連に居ると思うんですが…』と言うと若 い三曹が『ああ居ます、N二曹ですね』と返事が来た。 そこからはもう身内の会話である、この軽装甲機動車は情報小隊(偵察)の所属 で、6種類あるタイプの偵察用だとの話を聴く。 |
『上部の銃座を回してくれた』 すると胸に『北方遊撃記章』を付けた曹長が現れた、『N二曹の同期だそうで す』と三曹が紹介してくれたので会話がスムーズになった。 『私は第一次イラク派遣隊で行きました、この軽装甲機動車は米軍からも評価が 高く良い車です、防弾ガラスが入って乗り心地はそんなに良くないですけれど、 寒冷地では鉄とか車体には触るなと言うでしょう?、イラクでも同じで触ると大 袈裟じゃなくて火傷するんです』と語ってくれた。 『それじゃぁ目玉焼きが作れますね』と答えると『本当に作れますよ』と言われ た、大変な思いをしたのだ北海道の寒冷地から灼熱のイラクへ。 『エヤコンを二つ装備して行きました』とイラク派遣のエピソードを聴く、思 いがけない収穫だ良い話を聴いた。 小さな子供が車に触りたがったが曹長は『本当なら触らせてあげたい』と言い上 部銃座を回転させてくれた。 |
『イラクにも派遣された曹長』 精強で知られる美幌の6普連、戦車連隊時代同期に6普連出身の再入隊者が居 た『鬼の6普連出身か』と期待されていたが、後期教育を落第した。 しかしこ の曹長は精強な6普連の精鋭だろう、胸に北方遊撃記章(冬季レンジャー)部隊 スキー指導官記章、レンジャー記章を付けている。 北方遊撃は真駒内駐屯地にある冬季戦技教育隊で実施される夏期レンジャー修了 者からスキー技術のある者を選抜して行われるレンジャー教育である凄い人だ。 冬季戦技教育隊(冬戦教)は冬季オリンピック選手を多く輩出しているが冬季 の特殊部隊養成機関でもある。 |
『防護マスク及び化学防護衣』 格納庫では化学防護衣や防護マスク、手袋やオーバーシューズ等が展示されて いた。 『何秒で装面するの?』と質問する、レンジャーバッチを付けた三曹が『7秒で す』と答える、防護マスクを装面するだけの時間だろう。 化学防護衣はとても時間がかかる。 |
『防弾チョッキや小火器も展示』 89式小銃や無反動砲も展示していた、子供用の迷彩服の試着もあり親は子供 に戦闘服を着させ記念写真を撮っていた。 実物の小銃等を直に触れるのも駐屯地の開庁記念日に行く楽しみの一つ。 |
『丘珠駐屯地に展示されていた61式戦車』 丘珠駐屯地とは縁も縁も無い戦車だがちゃんと展示されている。 どこぞの駐屯地のように61戦車や戦闘機を処分するような愚かな駐屯地もある 中、良い傾向だ。 さてこの戦車を見て『どこの部隊?』と疑問に思う、マーキングも馴染みがな いし、やたら大きい桜が気になる。 『北部方面隊50年のあゆみ』を見ると昭和37年10月に札幌の大通り公園を 行進する11戦車大隊のM24戦車の砲塔に『タイガー』のマーキングをした戦 車の写真がある。 若干マーキングが違うが『タイガー』の絵は似ている『士魂』マークの前はこの マーキングだったの? |
『丘珠駐屯地の資料館「北翔館」』 どこの駐屯地にも資料館があるが、さすが航空部隊、旧軍の航空部隊の資料を 多数展示していた。 飛行54戦隊や加藤健夫少将(加藤隼戦闘隊の隊長、旭川出身)等貴重な資料が 多数あった。 丘珠は昭和18年に旧陸軍の札幌第二飛行場として発足、戦後米軍の落下傘訓練 場として使用されていた。 |
|