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戦車兵神博行の自衛隊チェック64

(部隊番号について)


転地訓練で航空自衛隊小牧基地へ飛んだ予備自衛官
『徹甲弾』


 戦車砲の弾種に徹甲弾と言うのがある、写真のように厚い装甲を撃ち抜く砲弾
だ、写真は61戦車の徹甲弾である。
 弾頭はとても堅い、74式戦車の徹甲弾はタンカタングステンだ。
それを表して頭の堅い人や頑固な人を『徹甲弾だな』と言ったりもする、とは
言っても戦車隊員の一部の者の隠語なのかも知れない。
私の小隊長だった人はとても立派で信念のある小隊長で尊敬していたが、『徹甲
弾小隊長』の異名を持った、意味は言うまでも無い。
『第一戦車団旗』


 かつて北恵庭駐屯地には第一戦車団があった、101,103,104,の戦車大隊を改編
し第一戦車群、第二戦車群、第三戦車群を第一戦車団とした。
現在第一戦車群以外は第七師団の機甲師団化に伴い戦車連隊に改編された。 こ
の団旗を注目して頂きたい、陸上自衛隊のマークに桜が一つこれは将補が指揮官
となる団、混成団、旅団の隊旗である。

 昭和末期から平成初頭まで戦車部隊は大きく変遷を遂げた、方面直轄の独立戦
車中隊が編成され316戦車中隊が第二戦車大隊(当時)317,318戦車中隊が真駒内
の第11戦車大隊に、そして319戦車中隊が鹿追の第5戦車大隊(当時)に、320戦
車中隊が第一戦車群に編成され増強された。
『最期の観閲行進に臨む317戦車中隊長車』


 増強前は第一戦車群は301戦車中隊から305戦車中隊まであった、それなら306
戦車中隊から315戦車中隊はどこに?と思う人もいるだろう。
それはかつての第二第三戦車群に存在ししていた、各1〜4中隊がそうだ。現
在、連隊は5個中隊あるが平成に入ってから一個中隊増強された。

 一度使われた部隊ナンバーは使われないそうだ、そのため方面直轄を示す部隊
ナンバーが増強時に316中隊から始まったのだ。
その戦車中隊も現在は解組されて存在しない、戦車部隊が増強されたのは北海道
がソ連軍の侵攻を受けた時逆上陸して来た他方面隊の部隊に配属されるのが目的
だった、戦車を輸送するのはとても困難なのだ。
『319戦車中隊の74戦車』


 せっかく増強されたがもう無いなんて…、と思うのは私だけだろうか?。戦車
中隊を増やすために他職種からの転科して来た陸曹が多かった、彼等は元の職種
に戻ったのだろうか?。
いろんな人の人生を変えただろう、もちろん陸曹の枠が大幅に増えて陸曹候補生
になった者も多い。
しかし現在縮小しているのだ、それは余剰人員が増えたことになる。
そのため昔は三曹で砲手になれたが、上が中々減らない現在10年近く三曹をやっ
ていても砲手になれないそうだ。
 それじゃ車長になるには40代を過ぎなければなれないのか?、戦車乗員の高年
齢化が進むね。
 曹候補士が大量に採用された一期生が定年を迎える時はさぞや退職金が防衛予
算の数割りを占めることになるだろう。

続く