『エピソード1/ファントム・メナス』は、ちょうど米国のITバブル期に製
作された。どこの国でも、バブルの時代にはカネ余り現象が起こり、人々の憧
れや欲望は退廃的な贅沢に向かうものだ。
日本でも、バブル期には、欧米の高級ブランド志向が定着し、東京ディズニ
ーランドをはじめとして、オランダ村やグリュック王国など、欧米志向のテー
マパークが次々とオープンした。
米国人にとってのヨーロッパは、ちょうど日本人にとっての欧米にあたる。
ヨーロッパは、彼らの憧れの地である。国力は勝っていても、米国人はヨー
ロッパに対して文化的劣等感を抱いており、とくに、米国には存在しない貴族
という階級には、反感とともに強い魅力を感じている。
この作品が、ヨーロッパの貴族趣味への傾倒を見せたのも、決して偶然では
あるまい。
旧三部作では、ラフなアウトローのハン・ソロが、古き良きアメリカの自由
と反骨の精神を発散していたが、新三部作では、彼のような下層出身者はメイ
ンのキャラクターに入っていない。
アナキンとその母は奴隷だが、アナキンは9歳にして騎士の修行者となり、
母親も気品に満ちた女性として描かれている。
つまり、新三部作では、主な登場人物のすべてが、社会的に身分の高い、体
制側の人間なのだ。
このへんも、全編に貴族趣味と権威主義的雰囲気が漂う理由のひとつだろう。
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