ヒマヒマバブル絶好調道の川柳・森川晃

マンハッタンの高速道路ネットワーク11




【まとめ】
 ニューヨークの高速道路整備は、1970年代以降はほとんど凍結している。計画 
線はマンハッタン島内区間以外についてはある程度用地買収していたが、そこに道路 
が建設されることはない。この頃までにほとんどの幹線路線が開通していたので、残 
区間は補間路線が多い。それでも不要な路線というわけではない。

 建設頓挫の理由は様々だが、ニューヨークだけでなくアメリカ全土において197 
0年代以降は、高速道路建設に十分な予算が確保できなくなっていることが大きい。 
必ずしもアメリカの経済が破綻したということではない。

 日本の鉄道建設経緯に似ている。1960年代までは全国で在来線が次々に開通し
て、それ以降も多くの路線に着手したが、開通前に未成線として放置されることになっ
た。この傾向に反して高速道路網が整備されるようになった。経済破綻によってあら
ゆる建設予算が確保できなくなったのではなく、需要に応じて整備されるインフラの
種類が変わってきたのである。

 欧米の交通需要の変遷は、日本に比べて20年ほど早い。鉄道から道路へと移行し 
た。日本は諸事情(山岳地形のため道路整備が遅れたことや、公共交通の発達した 
過密都市では自家用車を必要としないことなど)によりモータリゼーションが欧米よ 
りもやや遅れ、鉄道が新幹線整備のような独自の発展をして欧米先進国とは異なった 
進化をするかと思われた。

 しかし、1970年代以降のめざましい高速道路整備により欧米と同じ歩調を歩む
ようになった。ところで、このとき欧米では道路整備は建設フェーズから保守フェー
ズに移行していた。元々欧米の高速道路整備は1940年代から始まり、30年ほど
でおおむね幹線区間は開通させている。日本は20年遅れて1960年代から始まり、
1990年代には縦貫線と主な横断線が開通した。建設期間はいずれも30年である。

 その後、日本ではさらに建設が継続している。不採算の横断線や、莫大な建設費を 
投じた高価な都市部のトンネル区間などは、マスコミの批判対象にされている。あま 
り話題にならないが、建設予算は1990年代までの全盛期に比べると格段に少なく 
なっているのだ。ある程度は相応に予算縮小されている。

 しかし、欧米のようにほとんどゼロになったわけではない。このあたりが日本の行
政の半端なところだろう。欧米とは異なる独自の進化を目指すならば、かつての新幹
線※1や首都高速※2のようなシステムを考案しなければいけない。先述のように鉄
道の建設経緯として欧米には新幹線は存在しない。鉄道はモータリゼーションの普及
までの過渡期のインフラだったのだ。しかし日本ではさらに追求して新幹線を整備し
て成功している。首都高速が成功だったかどうか、その判断は難しいが、アジアの諸
都市が日本に倣っているのは新幹線と首都高速である。

※1 新幹線
フランスのTGVやドイツのICEは基本的には在来線に高速列車を走らせているの 
で、厳密には新幹線ではない。曲線改良のため多くの新線を増設しているが、日本の 
新幹線のようにシステム自体が全く異なるものではない。

※2 首都高速
先述のように欧米には既存の都心部まで進入する自動車専用道路は存在しない。ほと 
んどの都市では市街地へは平面交差街路の走行が強いられる。首都高速は慢性的な渋 
滞で評判が悪いが、スムースに流れていれば画期的なシステムである。

 アジアの諸都市は香港やシンガポールように欧米先進国主導で進化した都市以外 
は、日本に10年から30年ほど遅れて同じような進化を遂げている。バンコク、台 
北の首都高速を含む都市景観はほとんど東京と変わらない。台湾には新幹線も建設さ 
れている。この10年以内では中国の進化が目覚しい。上海、重慶など急速に近代化 
が進行している。

 過剰なインフラ整備に需要が追いついていないので今後の運用フェーズが気になる。
2008年にオリンピックが開催される北京は、かつて同様にオリンピック起因で急
速に近代化した東京をはるかに上回る勢いでインフラが整備されている。1988年
のソウルも同様である。ソウルはオリンピック以降に経済破が生じたが、北京は大丈
夫だろうか。

 ところで、ニューヨークの高速道路建設が凍結されているのは仕方ないとしても、 
今後は保守で莫大な予算を確保しなければならない。交通インフラは永遠に持続でき 
るものではない。構造により耐用年数は異なるが70年から100年程度で取替えが 
必要だろう。先述のウエストサイドハイウエイのように条件によっては30年で崩壊 
することもある。

 マンハッタンは多数の橋とトンネルで隣接エリアと連絡しているが、どのインフラ
も老朽化が激しい。潮風と重交通に起因しているが、建設当時の技術的な問題もある。
いずれにしてもイースト川の3橋(ブルックリン橋、マンハッタン橋、ウイリアムズ
バーグ橋)は、そろそろ架け替えに着手しないと耐用年数を越えてしまう。トンネル
も漏水が激しく、鋼体が崩壊する危険性がある。安全性の問題だけでなく、幅員が狭
いので交通容量の拡大のために大断面トンネルへ交換すべきだろう。

 橋、トンネルともに交換に着手していない。橋はケーブルの切断や床抜けなどの事 
故が発生しているが、せいぜい破損箇所を補修しているだけである。日本では都市部 
の建築物は頻繁に交換されている。木製の建築物は欧米の石製のものに比べて元々耐 
用年数が短いが、欧米と同じ近代建築においてもかつての木製建築物と同じような周 
期で交換する。

 マンハッタンの摩天楼も多くが耐用年数に近づいている。今後どのように交換され
るのだろうか。ヨーロッパの都市では旧市街としてそのままの残しているようだが、
マンハッタンもそのままにしておくのだろうか。ヨーロッパでは旧市街の辺縁部に副
都心が形成されている。マンハッタンは島という特殊な構造なので、島内全域が旧市
街になれば辺縁部は存在しないので、副都心を形成することができない。バッテリ
ーパークシティのように埋め立てにより新たな土地を造成して対処するのだろうか。

 どのみち建築物は耐用年数を越えても何らかのかたちでそのまま残しておくことが 
できる。しかし、交通インフラは残せない。常時重交通を担う使命があるのだ。マン 
ハッタン島内全域を旧市街として残しても、そこに至る橋やトンネルは消滅すること 
になる。これは絶対にあり得ない結末である。

 交通インフラ整備については日本と欧米は同じような経緯である。同じ論理はマン 
ハッタンと東京でも成立するのだろうか。これはかなり異なるような気がする。東京 
は建築物も交通インフラもマンハッタンほど長持ちさせていない。

 これまでは低層ビ 
ルの建替えなので容易だったが、今後は高層ビルや鉄道の高架線、地下鉄などの交換 
もあり得る。実は首都高速の交換も検討されている。これは耐用年数の問題ではなく 
沿道環境の復元のためである。環状線の日本橋周辺の付け替えで、地下構造か隣接ビ 
ルに含ませる一体化構造が検討されている。どの構造が採用されたとしても莫大な建 
設費がかかり、費用対効果では不採算路線という格付けになりそうだ。

 マンハッタンの交通インフラ整備は、建設フェーズは俊敏で、保守フェーズは怠惰 
で、その結果として再生フェーズに至った。再生フェーズは慎重で進行がとても遅 
い。東京とは異なる経緯だが、東京よりも20年先を進んでいるので参考になる。東 
京は各所で交通インフラの整備が進められているのでまだ建設フェーズのように見え 
るが、地下鉄においては池袋と渋谷を結ぶ13号線以降の建設計画はない。

 首都高速 
は中央環状新宿線の延長として品川線が建設され、晴海線のような湾岸ルートに関わ 
る区間の建設も進められるので、建設フェーズが継続する予定である。しかし、これ 
らの計画線は莫大な建設費がかかるので、ますは中央環状新宿線の収支を見てアクシ 
ョンを検討すべきだろう。各フェーズには重複期間があるので、一概に現在はどのフ 
ェーズなのかは言えないが、これらの路線がすべて着工しても建設全盛期に比べれば 
保守の割合は大きくなっている。

 そして、今後は再生フェーズを迎えることになる。 
これまで、欧米先進国の後を遅れてついてきた感があったが、欧米が再生フェーズで 
停滞しているこの機会に追い越してしまうかもしれない。日本の動向はアジア諸国が 
注目し、参考にしている。まずは、東京の再生フェーズで何らかの結果を見届けてみ 
たい。