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チェチェン戦争映画「コーカサスの虜」の1シーン ロシアの良い楽曲の多くは、最も戦争の激しかったときに作られているともいわ れている。 第二次世界大戦、ドイツ軍がソ連に侵攻し、ソ連軍が負け続けていたときに出来 た名曲が「青いプラトーク」。 |
そして、1994年から始まったチェチェン戦争でも、BTR−80装甲車で戦 闘地域への偵察に入るロシア軍で歌われていたのは圧倒的に「青いプラトーク」だ。 ロシア軍には「音楽がなければ戦争なんてやってられないぜ」という合言葉もあ るらしい。 映画の中では、ロシア兵も、チェチェン兵も「青いプラトーク」を歌う。 死刑になる直前の兵士も「青いプラトーク」を歌う。 シベリアで覚えた歌も青いプラトークだという。 今、おもうと、チェチェン部隊がロシア民謡を歌っていたこのシーン。 青いプラトークだったのかもしれない。 ロシア語で「青いプラトーク」を歌う日本人ミュージシャンは「パリャーノチカ」。 パリャーノチカでは、バグパイプも使われています。 パリャーノチカのWebサイト 「青いプラトーク」日露歌詞 |