|
レンジャー学生を見守る劇画家の小林源文先生
10月7日に北海道真駒内駐屯地及びレンジャー教育へ見学ツァーが敢行された。
日本ワークサポートの小島氏の御尽力で自衛隊見学が実現し、東京から劇画家の
小林源文先生と東長崎機関でもお馴染みの古是三春先生を招き見学を行った。
神は小林源文先生の劇画の大ファンである、その小林先生と自衛隊見学するなん
て夢のような話しであった。 |
|
レンジャーを見学する小林先生と古是先生
東長崎機関が縁で、古是三春先生と知り合うこととなった。
古是先生は古くからの小林先生の友人であったことから、北海道の自衛隊を先生に
見せたい。と神がわがままを言ってしつこく両先生に北海道に来て貰ったのだった。
ちょうどレンジャーの訓練が行われていたので許可をもらいレンジャー訓練を見学
した。その日の課目は「襲撃、伏撃」と戦闘的な訓練で、空包を撃ち疑爆筒が爆破
する見所満載の訓練であった。 |
|
レンジャーの襲撃をロケットランチャー射撃場で見学する両先生
演習場ではレンジャー学生の前でレンジャーの教官、助教によって展示訓練が行われ
ていた。イラク派遣以後、レンジャー教育にも変化があったが詳細はいずれ発表する
ので、そこで読んで欲しい。滅多にレンジャー訓練の見学なんてなかなか出来るもの
ではないし、課目も戦闘的な訓練ばかりではない。両先生はとても運が良かったとい
える。
通常レンジャー課程は春から夏にかけて行われるが、夏から晩秋にかけてのレンジャー
教育は珍しいのだ。 |
|
駐屯地売店で色紙にキャットシットワンのキャラクターを描く小林先生
午後は駐屯地売店で食事した後、冬戦教の隊長を表敬訪問し、史料館を見学する。北方
遊撃、冬季レンジャーの資料より、バイアスロン関係の資料が多かった。それでも冬季
の装備など貴重な資料が展示されていた。思いの外早くに見学を終えてしまった、実は
小林先生はとても史料館見学を楽しみにしておられたのだ。
次の部隊訪問まで時間調整のため東売店へ行く、そこで先生に色紙に画を描いて頂いた。
前夜、お酒を飲んでから色紙に画を描いてもらったら「酒を飲んでから描かせるんじゃ
ない」と叱られ、描いてもらったら私の似顔絵だった・・・。家宝にしようと思った、
先生直筆の色紙である。 |
|
11戦車大隊の90式戦車
次は私の古巣である11戦車大隊で90式戦車を見学する。1月に配備されたばかり
で、米国へ射撃に行っているため戦車は少なかった。見学した戦車も新車かと思ったら、
7師団からの管理換えの戦車であった。両先生は戦車の砲塔へ入り見学した。
小林先生は砲手席へ入り照準眼鏡からレチクルを見て感動されていた。
古是先生に操縦席を見せると「モンゴル軍のT−55と同じ匂いがする」という話、戦
車の匂いは万国共通なのか? |
|
90式戦車の砲塔上に立つ小林先生
戦車大隊では小林源文先生のファンとして、私の先輩がいたのだが残念ながら射撃に行っ
ていたので先生に会えず、よほど悔しかったのか当日案内してくれた勤務員に先生の著
書をタクシサインしてもらっていた。74式戦車も見学した。
廃車になって展示用戦車になったばかりらしい戦車で車番はなんと「95−1000」
だった。T−55より狭いとの感想であった。
大隊長か゜合流し自ら案内していた、私は訳あって遠巻きで見学していた・・・。 |
|
11偵察隊で軽装甲機動車を見学
次は11偵察隊の見学、かつて私が勤務して住んでいた隊舎に行く、とても懐かしく
記憶が鮮明に蘇った。偵察隊は同じ機甲科職種で戦車大隊の縮小で、後輩の何人かは偵
察隊へ転科している。翌日にはバイアスロンとはいってもスキーではなく武装して駆け
足をして射撃する競技会のため、射撃予習を行って活気があった。 |
|
軽装甲機動車の銃座に座る小林先生 |
|
鉄帽と迷彩外被を着る小林先生、階級章は二尉、機関銃はMINIMI |
|
偵察警戒車に乗る古是先生
偵察隊はとても歓迎してくれて、なんと軽装甲機動車と偵察警戒車に乗せて頂いた。
それも両先生に迷彩の外被と鉄帽や戦車帽を被せてもらってである。軽装甲機動車の
銃座にはMINIMIが積載されていた。
小林先生が偵察警戒車の砲塔に収まると連隊長のような風格があった。駐屯地を少し
だけ試乗させて頂いた、両先生はとても満足気であったので安心した。ここでも小林
先生のファンに記念写真やサインを求められていた、小林先生は大変な人気者なので
ある、ミリタリー界の重鎮だけのことはある。 |
|
駐屯地史料館でAK−47を発見して驚く小林先生
駐屯地史料館へ行く、旧軍の資料は以前よりかなり減りめぼしい資料は展示されてい
なかった。旧軍の火器展示の説明の画を見て「中西先生の画だ」と小林先生。そこに
なんと「AK−47」を発見した先生は興奮された。
「ここになぜAK−47があるか解るかい」と小林先生が聴くので、当然のように私
は答えた。「このAK−47はベトナム戦争に従軍した冬戦教から派遣された隊員が
ベトコンを倒し、その傍らにあった小銃を戦利品として持ち帰ったが、個人で所有し
たら銃刀法違反になるし、部隊に置いておく訳にもいかないからここに展示してある
んでしょう」と答える。
すると小林先生は「その通りだよ!」と興奮されていた。
このAK−47は何も語らないが、その存在こそが多くを物語っているのだ。
収穫はとても大きいものだったようだ。 |
|
駐屯地を案内してくれた陸曹に古是先生の著書にサインする
最期に見学した史料館で自衛隊のベトナム派遣の証拠ともいえるAK−47を見たこと
は、今回の自衛隊ツァー最大の収穫であったようだ。小林先生にとって自衛官がベトナ
ム戦争で戦った痕跡を探す旅でもあった今回の自衛隊見学は、いろんな意味でも楽しく
勉強となるものであった。
見学を快く引き受けて下さった真駒内駐屯地、第11旅団レンジャー教育隊(担当部隊、
第18普通科連隊)、冬戦教、11戦車大隊、11偵察隊の皆様どうもありがとうござ
いました。 |