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2012年3月21日。 1年以上たっても、船がまだ建物の上に乗っかってる町は珍しいかも。 |
最後のアナウンスで有名になった 防災対策庁舎(防災センター)。 追悼鎮魂のシンボル的場所になっている。 参拝者は平日でも多い。 |
南三陸町の中心。志津川駅。 ここでの鎮魂追悼演奏は2度目。 1回目は、新聞に取材され掲載された。 |
追悼鎮魂のシンボルを記念碑として残すのか、それとも、大惨事をさっぱり忘れ 去るために完全撤去するのか、議論があるらしい。 それらとは別の感情として、町の中心のころ位置が鎮魂追悼の名所になっている と、町の明るく夢と希望に満ちた復興にはマイナスかも、という声も。 |
2012年3月21日。 前回2011年5月21日の南三陸訪問時にはロシア人ギャルがいた。 |
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