ヒマヒマなんとなく感想文|

「都市伝説の真実」「テッカ場」

(森川晃 2010,9)


「都市伝説の真実」宇佐和通 祥伝社黄金文庫
「テッカ場」北尾トロ 講談社文庫

「都市伝説の真実」宇佐和通 祥伝社黄金文庫

 都市伝説というキーワードによるパフォーマンスが流行っているようだ。裏付けのない噂が語られているだけなので、娯楽の一種と考えている。それでも、上質な話がうまい語り手にかかれば、心地よい。事実かどうかなんて問題ではない。ところで、なぜ都市伝説にはホラーが多いのだろうか。事実にせよ創作にせよ、恐怖に帰結させる必要ないと思う。怪談はどの時代にもニーズの多いパフォーマンスの地位を維持している。本質的に人が要求するものに違いないが、都市伝説と関係があるとは思えない。都市伝説は、単に事実をモチーフにしたフィクションである。事実がすべて恐怖に帰結していないのだから、不自然な気がする。安易にホラーでまとめずに個性的なオチをいろいろと考えていけば、良質のフィクションになるのに、惜しい。

「テッカ場」北尾トロ 講談社文庫

 鉄火場とは博打場のことだが、広い意味で「騒然とした場」で使われている表現である。この本では、目の血走った人が集う、さまざまな話題の場に、客として訪れた記録である。作家として売れてくると、この手の緩い企画による取材手記が本になる。企画旅行で無知な印象を記すよりはましだが、せっかくの機会なのだから何らかのポリシーが欲しい。きちんと取材して、裏をとれば良質のノンフィクションになるのに、惜しい。


<迷子>


 整然とした区割りの施された住宅街。いたずら好きの友人に誘われてやってきた。

「ナポリタンの大盛りを注文するととんでもないことになる。」

 一見、どこにでもあるような街中の小さな喫茶店で、飲み物と軽食を出している。軽食はいずれも100円増しで大盛りになる。それでもせいぜい1.2倍程度の増量なのだが、ナポリタンの大盛りに限っては4倍になるらしい。このことは常連には有名で、絶対に注文してはいけないキーワードになっているらしい。

 チリン、チリン。ドア上部に括り付けられたベルが心地よい音を奏でる。

「いらっしゃい。」

 人当たりのよさそうなマスターが迎えてくれた。客はいかにも近所の人が数名、ゆっくりと時間が流れる日曜の午後だった。

 友人は、着席すると提示されたメニューを開くことなく、「ナポリタンの大盛り」とコールした。

「ナポリタン大ですか?」
 マスターは聞き返した。
「そうです。ナポリタン大盛りです。」

 店内の客が一斉に振り向いて、ボクたちのテーブルに着目した。

「で、お客さんは?」と、マスターは、ボクに注文を促した。
「ボ、ボクも同じものを・・・」
「本当によろしいのですね。」
「はい。」

 ボクと友人は揃って応えた。
 静かな空間は、一気に鉄火場に変わった。

 大抵の料理はカウンター下の小さなキッチンで作るのだが、マスターは奥の厨房に入っていった。ドアは開けたままなので、ちょっと覗いてみると、大きな中華鍋を金ダワシで洗っていた。その横にはラーメン店で見かける寸胴がグラグラ煮たっていた。そこに大量のパスタを投入した。業務用2キロの袋が3つ、床に 捨てられている。

 店内の客は、ざわつきだした。携帯で呼びしたのか、少しずつ増えてきた。
厨房からは、ジャーとにぎやかな音が聞こえてきた。炒めに移ったようだ。そして、まもなく直径1メートルはあろうかという大皿が運ばれてきた。当然二人分と思ったが、マスターは恐ろしい一言を放った。

「お客さんの分もすぐにお持ちします。」と、ボクに微笑んだ。一人分だったのだ。マスターは急いで厨房に戻り、ジャー。嬉しそうに炒めるマスターが悪魔に見えてきた。

「本当に4倍だったのか?」
「いやあ、どこかで情報がゆがんだか、店の方針が変わったか。まあ、多い分には良かったじゃないか。あれだけ食べて680円なら文句はないよ。」
「文句はないけど、食べ過ぎて眠くなってきたよ。」

 このとき、友人の目がキラリと輝ったような・・・。

 友人は、普段からおかしなことを言っているが、その中で頻度の高いのが、「おいらはキツネの血が混じっている」という戯れ言である。

 かつて、北海道に出かけて、初めてキタキツネに出会ったとき、他人のような気がしなかった。向こうもそう思ってくれたのか、迷わず近づいてきて、気が付いたら仲良しになっていた。これは何かの間違いと思い、再度、北海道に出かけたら、別の場所でも同じようなことがあった。それから、いろいろな季節、いろいろな場所に出かけたが、いずれも同じ。一度として、攻撃されたり、逃げられたりしたことはなかった。観光キツネと称される餌目的で人に近づく連中もいるらしいが、餌をあげたことはないし、あげようにも食べ物を持っていたこともなかった。鼻の利く彼らにはそのことはわかっていたはずである。とうてい餌目的とは思えなかった。それに、いろいろと文献で調べたり、識者や地元の人に尋ねてみると、キツネは非常に警戒心の強い動物で、無闇に人に近づかないし、触れさせることは珍しいらしい。

「本当にそうだろうか?」

 出会ったときに触れられなかったことは一度もなかったのだ。そんなことがあって、いつの間にか祖先がキツネになってしまった。そして、それを免罪符にして、「趣味はいたずら」と公言している。困った奴なのだ。


 彼のいたずらにひっかかってしまったのだろうか。気づくと一人きりになっていた。陽が傾いてきた。景色の単調な碁盤目状の住宅街は、どの方向に進んでも間違っているような錯覚に陥る。もしかすると同じところをグルグル回っているのかもしれない。しかし、角で曲がらずにまっすぐ進んでいく自信もない。


「迷子だ。」

 大人になって、迷子なんて情けない。せめて目印になるものがあればなんとかなるのだが、ここには表札しかない。住所の書いてあるタイプのものもあるが、住所で位置が特定できる人は案外少ない。せいぜい、都道府県名と市区町村までで、次の数字の羅列は謎である。また、住宅ばかりで、商店や公共施設が見たらない。堂々と位置を聞ける相手が見つからないのだ。たまに歩いている人を見かけるが、「ここはどこですか?」と聞く勇気はない。ちょっと暗くなってきたので、こんな質問をしたら、どんな疑いをかけられても文句は言えない。困った。

「おやおや、どうしたんだい?」

 交差点で立ち止まって、どちらに行こうか考えていると、角から声がかかった。

 健康そうな大きなお腹を前に出して、少し後ろにそり返り、えらそうにしていた。白衣の足下は裸足で、大きな爪が見えた。ちょっと腕まくりをしていて、その腕は太く、いかにも力がありそうだ。

「お医者さんですか?」
「いかにも、私は医者だが、医者ということがよくわかったね。」
「ええ、首から聴診器をぶら下げているので・・・」

 いまどき、コントでもこんな安易な扮装はしないと思ったが、それは言えなかった。

「で、でも、クマですよね。」
 白衣から突き出した太い首の上には、明らかにクマの頭が乗っていた。
「うん、クマだけど・・・それが何か?」
「いや、別に。」

 これはとても重要な確認すべき事項なのだが、クマ先生の前にいると、そんなことはどうでもいいような気になっていた。

「それより、どうしたんだい。こんなところで。陽が暮れてしまうよ。」
「それが・・・道に迷ったようで。ここはどこですか?」
「なんだ、そんなことか。ここがどこかなんてどうでもいいじゃないか。どこに行きたいのかが重要だろ。」
「そうですね・・・」
「どこに行きたいか決まっているなら、君はどこにいても迷っていることにはならないんだよ。」
「うーん。」
「まあ、長い人生、いろいろあるが、細かいことは気にしないように。もし、どこに行きたいか、それに迷ったら、私のところに来なさい。」

 高笑いをしながら、クマ先生は去っていった。いかにも「今日もいい仕事をした」という満足感が後ろ姿に表れていた。

 ボクは、最寄りの駅に行きたいのだ。それは決まっている。でも、そこには行けない。つまり、迷っている。しかし、クマ先生は、きっぱりとこれを「迷っていないから気にするな」と言う。ボクがどうかしていたのだろうか。


 腑に落ちないとは、まさにこんな状況のことを表すに違いない。ボクは住宅街をさらに進んで、少し空き地の多いところにやってきた。相変わらず迷っていることに変わりはない。陽はどんどん落ちてくる。困った。

「おやおや、どうしたんだい?」

 交差点で立ち止まって、どちらに行こうか考えていると、角から声がかかった。
 健康そうな大きなお腹を前に出して、少し後ろにそり返り、えらそうにしていた。白衣の足下は裸足で、大きな爪が見えた。ちょっと腕まくりをしていて、その腕は太く、いかにも力がありそうだ。

「あれ、さっきのクマ先生ですか?」
「いかにも、私はクマ先生だが、よく医者ということがわかったね。」
「ええ、首から聴診器をぶら下げているので・・・」

 いまどき、コントでもこんな安易な扮装はしないと思ったが、それは言えなかった。

「ところで、『さっきの』っていうのは、なんだい?」
「さっき、お会いしましたよね。」
「いや、君とは初対面だよ。君が会ったのは、きっと別のクマだよ。でも、初診料なんか取らないから安心しなさい。」

 つまらないことを言うクマだ。

「それより、どうしたんだい。こんなところで。陽が暮れてしまうよ。」
「それが・・・道に迷ったようで。ここはどこですか?」
「なんだ、そんなことか。ここはどこかなんてどうでもいいじゃないか。それより、お腹は空いていないかい?」
「それは大丈夫です。さっき、大盛りナポリタンを食べたので。」
「えっ、大盛り。どのくらい食べたの?」
「友人が4人前と言っていたけど、10人前はあったと思うよ。業務用パスタ2キロを3袋分ゆでていたから6キロ。これで二人分だから、一人3キロ。それに、卵2パック、大量のウインナーとタマネギ・・・あれ、どうしたんですか?」
「私も食べたい。」

 クマ先生は、憧れのまなざしで宙を見ていた。想像しているようだ。

「で、それはどこの店だい。」
「それが、よくわからないんですよ。何しろ道に迷ったみたいだから。」

 なんとか、問題の本質に気づいてもらおうと、道に迷ったことを強調したが、今のクマ先生には通じなかった。

「そうか、でも私は鼻が利くからね。きっと、なんとかなると思うよ。じゃあ。」

 クマ先生は、鼻をヒクヒクさせながら歩いていこうとした。

「待ってください。ボクはどうしたらいいんですか?」
「君はもう食べたからいいじゃないか。それとももう一回食べたいのかい?」
「いや、当分パスタは勘弁してほしいです。」
「だろ。でも、私はまだ食べていないんだ。君は食べなくてもしばらくはお腹が満たされているから、もう十分に幸せなんだよ。」
「そうかなあ・・・」
「そうだよ。とにかく、私は急ぐよ。店が閉まってしまうからね。じゃあ。」

 高笑いしながらクマ先生は去っていった。いかにも「今日はいいことを聞いた」という満足感が後ろ姿に表れていた。

 ボクは家に帰りたかったのだ。それは決まっている。腹具合なんてどうでもいいのだ。しかし、もし空腹で道に迷っていたら悲惨だ。クマ先生の言うことは正しかったのだろうか。


 腑に落ちないとは、まさにこんな状況のことを表すに違いない。ボクはさらに進んで、少し緑の多いところにやってきた。相変わらず迷っていることに変わりはない。陽は落ちて、月明りだけが唯一の光源になった。困った。

 すると、木陰でしゃがみこんでいる少女を見つけた。

「おやおや、どうしたんだい?」
「道に迷って、おうちに帰れなくなっちゃったの。」
「君の名前は?」
「奏子(かなこ)。遠山奏子。」
「奏子ちゃん、おうちはどこなの?」
「それがわからないから迷っているんでしょ。」

 なかなかしっかりした娘だ。

「森から出て、住宅街に行けばわかるかな?」
「たぶん・・・でも、このあたりは同じような家ばかりで、こんなに暗くては見つけられないかもしれない。携帯ももってないし、どうしよう。」
「何か、家の目印はないのかい?」
「うーん、今夜は石狩鍋だって、お母さんが言っていたけど・・・」
「えっ、石狩鍋(ルイベ)。ルイベって、シャケじゃないか。どうして、そんな重要なことを早く言わないんだよ。シャケはボクの大好物だ。鼻の利くボクに任せなさい。急がないと鍋が空になってしまうよ。とにかくボクまたがりなさい。」
「ありがとう、クマ先生。」

 歩くときは二足だが、走るときは四足になる。奏子ちゃんを背中に乗せ、ボクはさっそうと森の中を走りだした。ボクはクマになっていたのだ。