ヒマヒマなんとなく感想文|

「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」

(森川晃 2010,7)


「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」山田真哉 光文社新書
「食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字<上>」山田真哉 光文社新書
「「食い逃げされてもバイトは雇うな」なんて大間違い 禁じられた数字<下>」山田真哉 光文社新書

 商売は「騙すこと」であると言いたいようだ。モノをつくることに従事してきた当方には信じたくない事実だが、否定する論理も持っていない。江戸の昔、士農工商ということで、戦う者、食べ物を作る者、モノを作る者の下に商売人を置いていた。これも深読みすれば、少ない報酬でも気持ちよく農業、工業に従事していただくための商売人のプロパガンタと言えなくもない。商売人と役人が結託して騙しているのである。命がけの兵士を一番上に持っていくあたりが小賢しい。

 これらの本は新書なので、裏読みを要する主張は盛り込めないのだが、「さおだけ」で財をなして、次作で堂々と開き直っている観を読みとることができる。
売れてしまえばこちらのものだということだ。この手の人は、さらに加速してフィクションをしたためることがある。フィクションは新書をまとめる能力とは全く異なる心境が必要になる。書きたいことを貯めに貯めて、保持できなくなって初めて放出しなければならない。十分な保持をせずに駄作を公開し、1作目は名前でそこそこ売れるが、あせって2作目を出すと墓穴を掘る。そして、消えていく。作者には新書作家として可能性を感じるので、当面はこのまま商売揶揄を続けてほしい。

 しかし、この手の本の編集者のタイトル命名センスは、何とかならないものだろうか。本は、読まないと答えがわからないのがおもしろいのに、答えをタイトルにするのは本の愉しみを奪ってしまう。まあ、これも作者はわかっているみたいですが・・・。

<販売促進戦略会議>


 あるコンビニチェーン本部では、日々、最小投資で最大利益をあげるべく、各方面のエキスパートを集めて、戦略会議が開催されている。


「いかにして1000円以上の物品を購入していただくか。それだけのために採算度外視の値引きやキャラクター商品の開発を行っている。それに莫大な費用をかけてCMで煽る。これがウチだけでなく、他のコンビニチェーンでも繰り広げられてきた一般的な戦略です。同じことをしても大手には勝てません。少額でも、無理せずお客様が欲するモノだけを何度も購入していただけるようにすべきではないでしょうか。」

 入社したばかりの山田くんは社長を交えた大きな会議でも、物怖じすることなくストレートに自分の意見をぶつけた。

「山田くん。君は最近入ったばかりで、この業界のことがよくわかっていないようだね。商品を売るということは、仕入れの他に手渡しというお客様と接する唯一のオペレーションが発生していて、この負担が大きいんだよ。1回のレジ打ちには商品数分の手間が発生するが、初期処理の手間が大きいので、一度に多くの商品を購入していただくのがベストなんだ。また、その商品が高額ならば、さらによい。山田くんは初期処理をわかっていないのでは?」

 山田くんの直属である販売部長は諭すように話したが、彼にはこれも想定内だった。

「部長、少しはわかっているつもりです。新人研修で1ヶ月ほどレジ打ちをしていますから。入店人数、性別、年齢、職業を入力することですよね。まあ、年齢と職業は予想なので、経験の乏しい私はきっと間違った入力をしていたとは思いますが。」
「そうか、それなら少額購入のお客様が多いほどめんどうなことはわかるよね。」
「ですから、少額でもリピーターに何度も同じ買い物をしていただければ、その手間は省けると考えたのです。今日は、そのアイデアを持ってきました。」

 部長だけでなく、ほかのセクションの代表も、その意気込みに戸惑いながら徐々に山田くんの発言に吸い込まれていった。
 リピーターならばメモリー機能で初期処理の手間はかからない。さらに同じ買い物ならば、マーケティングリサーチのなかったかつてのレジ打ちのように、単に商品をバーコードセンサーにかざすだけで済む。果たして、そんな売る側に都合のよいアイデアがあるのだろうか。コンビニは新商品の試食的役割が大きいので、同じものを買い続けるとは思えないが。

「同じ人が、自分の決めた同じ買い物を続けるのではありません。こちらで用意したセットをみなさんに購入していただくのです。」


 ゆううつな月曜朝の会議にやや活気が漲ってきた。この会議メンバーで最も若い山田くんに視線が集まった。

「私は、動物たちの知恵を拝借したと考えました。自然の中で生きる彼らは、その季節で最も入手しやすく、体によく、おいしいものを食べています。比較的大 きな動物は、多種の食材からバランスのよい組み合わせを見つけます。しかも、彼らはこのメニューをしばらく続けます。飽きません。すなわち、毎日、同じ組み合わせの商品を購入するということです。」

 一同は一瞬ざわめいた。そして、アイコンタクトでみんなが納得したことがわかり、静寂に変わった。驚愕が興味に変わったのだ。山田くんは続けた。

「まずは、クマです。」
「なぜ、クマなんだい。君がクマの着ぐるみを着ていることに関係しているのか?」

 本社の営業部長は、この際、思い切って、みんなが最初から気になっていたが聞けなかったことを尋ねた。

「少しは関係しています。」

 このときの山田くんの着ぐるみは、クマの喉元から本人が顔を出すタイプで、遠目には頭の上にクマの頭が乗っているかたちになっていた。もちろん全身は着ぐるみなので、後ろから見ればクマそのものだった。
 そして、山田くんは、自然に一人称がクマに変わっていった。

「私たちは、春になると新芽を食べます。いろいろな新芽が好きですが、ここはフキノトウにしましょう。フキノトウの入ったサラダです。フキノトウ以外の食材は、そのとき最も入手しやすい野菜を使えばよい。次は飲み物です。みなさんの予想通り、ハチミツが大好きです。しかし、そのままでは高過ぎます。薄めてレモンを搾り、久しく見なくなったハチミツレモンを復活させましょう。最期に主食です。これは困りました。まさか、生きたウサギを店頭に並べるわけにはいきません。そこで、ちょっとファールですが、弁当のコーナーからシャケ弁を持ってきましょう。3品でせいぜい300円台にしたので、ミニ弁当にします。」

 先ほど、着ぐるみの件を解決させた本社の営業部長の目がキラリと光り、山田くんの意見に被せてきた。

「なるほど、山田くんの意見をまとめると、主食としてシャケ弁(ミニ)、総菜としてフキノトウサラダ、ドリンクでハチミツレモンということだな。弁当250円、サラダ100円、ドリンク100円で、合わせて450円というところかな。」
「営業部長、それではダメです。弁当とサラダは量を減らして、それぞれ190円、90円で、合わせて380円にしてください、クマさんセットは主食ではありません。毎日、様々なシチュエーションで食べる副食です。1日に2回、3回と食べてほしいセットです。300円台は譲れません。」

「クマさんセットかぁ・・・」
「春のクマさんセットです。」
 一同、「おお」と声をあげて納得したが、一人だけ冷静だった総務部長が、
「ユニークなアイデアだが、勝算はあるのかい?」
と、水を差した。

 山田くんは毅然と胸を張り、それに応えた。

「もう、試行済みです。研修でお世話になった店舗にお願いして、2週前から春のクマさんセットを販売していただきました。初日は5セットくらいしか売れませんでしたが、口こみで広まり、昨日は100セット売れたそうです。ちなみにハチミツレモンは製造中止したのではなく、売れなくなったので大量生産しなくなっただけです。在庫をすべて入荷しました。また、今後もっと売れるはずだから勇気を持って大量生産のラインに乗せるよう業者への根回しもしています。」

 この会議の司会でもある総務部長は、

「社長、クマさんセット、いかがでしょう。是非、やらせてください。」
と、自身に満ちた態度で提言した。
「いいんじゃないか。CMも派手にやりなさい。」

 言葉数は少ないが、いつも的確な判断をする社長のOKが出た。


 4月まで、あと2週間。CMは間に合わなかったが、なにしろ仕入れが楽な既製品の組み合わせなので、一晩で全店舗に春のクマさんセットが並べられた。試行時と同様、初日は意味がわからないせいかほとんど売れなかった。しかし、日を重ねるごとに売り上げは伸びていった。そして、4月中旬、CM放映が始まった頃には爆発的ヒット商品になった。購買層は多岐に渡る。ダイエット中の女性の昼食、部活帰りの学生や残業サラリーマンの間食、夜食や朝食の定番にもなっていた。安価であること、体によいことが成功の主要因だが、商品開発に経費や時間がかからなかったことが大きい。その分をCMに回せた。クマさんセットは様々な要因の微妙なバランスで成立している。何か一つでも欠ければ、うまくいかなかっただろう。そのせいか、表面だけを真似た他のコンビニチェーンにはど うしても太刀打ちできなかった。


 5月下旬、山田くんは、社内での高評価にも天狗になることなく夏のセットを考えていた。
 私たちは暑さに弱い。まずは冷たいもので一気に体を冷やして、それからさっぱりしたものが食べたい。ガリガリくん、シャケおにぎり、それにブルーベリーヨーグルトのセットで260円。夏のセットは簡単に決まった。シャケはときどきイクラに変えてもいいだろう。イクラのときは280円にしよう。

「英司さん。夏くらい、着ぐるみを脱いだら?」

 山田くんの販売部と同じフロアの商品企画部の奏子さんが声をかけた。奏子と書いて、「かなこ」と読む。ちなみに、山田くんは山田英司という名前である。
このフロアには山田という名字の人が複数在籍しているので、年代の近い者は親しみをこめて名前の方で呼んでいるのだ。決して、奏子さんが山田くんに特別な親しみを持っているわけではない。なお、奏子さんは、遠山奏子という名前である。遠山という名字の者は他に見あたらないのだが、何となくみんなが親しみをこめて名前の方で呼んでいる。奏子さんは魅力的な女性なので、このフロアの男性は特別な親しみを持っていると思われるが、まあ、このあたりの描写は不得意なので、他の作家に任せたい。

「奏子さん、脱ぐとか脱がないとかの問題ではないんですよ。」
「ふ〜ん。」

 これまで頭の上にあったクマの頭が下がってきて、額がやや狭くなっているような気がしたが、そのことに敢えて触れずに、奏子さんは自席に戻ろうとした。

「ボクのことより、奏子さんこそ、後足の着ぐるみが歩きにくくないのかい?」
 奏子さんは、シカの着ぐるみを着ていて、山田くんと同様、頭の上にシカの頭を乗せている。クマは2本足なので問題はないが、シカはそうはいかない。2本足では「地デジカ」になってしまう。あれはキャラクターなので、リアリティがない。奏子さんは、胴体と後ろ足にあたる部分を背中に取り付けているので、横 から見るとケンタウルスのようになっていた。
「私は大丈夫ですよ。」

 見た目には線の細い女性なのだが、軽々と、重い背中のパーツを引きずって自席に戻っていった。


 8月下旬、山田くんは、秋のセットで悩んでいた。秋は手当たり次第何でも食べるので量のことしか浮かばない。前足を机上に投げ出して、二の腕に顎を乗せ、いかにも怠惰な姿勢でぼんやりしていると、奏子さんが通りかかった。彼女は長くストレートな栗色の髪が魅力で、着ぐるみにも関わらず、切れ目を入れてそこから髪を後ろに垂らしているので、近くにやってくると得も言われぬよい香りがする。鼻の利く山田くんは、これを一服の清涼剤のように思っていた。いつもはそれで幸せな気分に浸っているだけなのだが、今日は違う。

「栗色の髪」

思わず声をあげてしまった。奏子さんは相手にすることなく通り過ぎたが、すっかり覚醒した山田くんは、一気にメニューを書き上げた。

栗ごはん、りんご、サーモンサラダ。

りんごは一個まるごとで、コンビニでは珍しいが、思い切って入荷することにした。価格は合わせて360円。


 10月下旬、社内では山田くんのアイデアに異論を唱える者などいないほど信頼され、本人もやりがいを感じていた・・・はずだった。それなのに、休みがちになってきた。

「山田くんは、春から休むことなく頑張ってきたのだから、ここらでちょっと休んでもいいんじゃないか。」

 直属の販売部長は、理解を示していたが、現場の営業担当はそんなのんきなことは言っていられなかった。

「部長、冬のクマさんセットを考えてもらうまでは、休まれては困りますよ。」
「そうか。それだけ考えてから、休んでもらおうか。」

と、そこへ奏子さんが通りかかった。

「販売部長、英司さんはしばらく出社しませんよ。」
「それは、どういうことかな?」
「英司さんは田舎に帰りました。」
「田舎?。連絡くらいできるだろ。」
「たぶん無理です。電気が通じていないので。もしかしたら携帯電話は通じるかもしれませんが、今はいろいろと準備で忙しいから、そっとしておいた方がよいと思います。」

「もしかして、その・・・田舎というのは・・・」
「日高です。」
「ということは、とうとうクマになってしまったんだね。」

 どうすることもできず困っていた彼らのところに、社長が通りかかった。

「どうしたんだい?」
「山田くんが・・・」
「クマになったんだろ。」
「社長、ご存じで。」
「夏頃からだんだん着ぐるみの頭が下がってきていたからね。まあ、仕方のないことだよ。」
 販売部長と奏子さんは納得した様子だったが、営業担当は、悲鳴をあげた。
「そんなぁ、社長、冬のクマさんセットはどうするんですか?」
「簡単なことだよ。冬は「ない」ことにすればいいんだ。これは本当のことだし、お客様もわかってくれるよ。クマがいるはずのない冬にクマさんセットがある方がおかしいんだ。」

「なるほど・・・。ところで山田くんはどうしましょう。」
「春になれば、元気に戻ってくるよ。心配しなさんな。私なんかクマになって随分経つから、見た目はクマでも、こうして一年中ヒトとしてやっていけるだろ。山田くんもいずれそうなるよ。」


 こうして、クマ社長は、また一つめんどうな問題を解決したが、シカの奏子さん以外は「ヒトとしてやっていける」と堂々と言い放っている点が気になっていた。