作者も、かつて自転車に乗っていて、20年ぶりに乗って、自転車にはまったようだ。体型については高千穂氏ほどではないが、引き締まったようだ。
かつてはランドナーに乗っていて、今もやはり山岳ルートを走行しているようだ。こういう人は自転車よりも旅行が好きな人が多い。
昨今は、自転車はブームらしい。国土交通省も自転車道の建設に積極的になっている。かつては、河川敷、堤防、線路跡など、利便性には関係のない「空いて いる線状の土地」を舗装していただけだが、今は都心部の幹線道路の路肩を自転車道にあてるようになってきた。自転車は軽車両なので、本来は歩道を走ること を禁じている。欧米でもそれは同じで、違反すればきびしく罰せられる。日本では自動車の通行を優先させるせいか、車道走行を禁じて、歩道走行は容認されて いる。車道に自転車道を設置して、ようやく欧米並になってきたのだが、交差点の処理が甘い。交差点では歩道に乗り上げさせるケースが多く、決して走りやす いものではない。できれば首都高速並の構造物を作ってほしい。自動車の1車線の半分程度の幅で十分なので、安価で建設できると思う。もし開通したら有料で も迷わず利用したい。
<美幌峠>
私は子どもころから動物とは良好な関係を保っていた。まだ年齢は一桁の小学生のとき、クラスで怖い犬がいるという話題になった。学校の近くの家の飼い犬 なのだが、通りかかるとやたらに吠えて、人を脅かしているらしい。そんな犬もいるんだなあと、このときは軽く聞き流していた。ところで、私の通学は、行き は集団登校が強いられるので、同じ道を通っていた。しかし、帰りはなるべく同じ道は通らないよう遠回りをしていた。旅行好きの兆候だったのだろうか。毎 日、ほんの少しでも未知の領域を制覇していくことに喜びを感じていた。実はこのとき、いろいろな動物と接触していたのだ。市街地なので、たいてい犬やネコ なのだが、相手もこちらを覚えていると思われるケースも少なくなかった。特に動物好きという意識はなかったが、最初に出会ったときに相手が攻撃的な態度を とることはなかったので、案外スムースに友人が増えていった。そして、ふとクラスで話題になった怖い犬の話題を思い出した。もしかしたら、こいつのことか なあ。今、家の垣根から顔を出している私よりやや大きな犬の口の中に手を入れて遊んでいるのだが、この家の場所が、何とな く話題の犬のいる家に思えてきた。
そしてある日、みんなで怖い犬を見に行こうということになった。私はみんなの後をついていくかたちで歩いていたのだが、見覚えのある角を曲がったところ で、激しい犬の吠え声が聞こえてきた。先陣がその家の見えるところに近づいただけで、あいつは怒っているのだ。あんなおとなしい奴が怒ることもあるのだな あ。垣根からできる限り顔を出して、みんなを脅していた。私は吠えている横顔をじっと見ていた。すると、ようやくあいつは私に気づいたらしく、少しこちら を見て、「バウバヤバウ、ン・・・」と、吠え声を飲み込んだ。そして、ちょっと困った顔をしている。みんなが少し近づくと、そちらをむき直して、「バウバ ウバウ」。こちらの様子を見ながら、吠えたり止めたりを繰り返した。
20年後、自転車で北海道の美幌峠を通りかかった。北海道の坂道は急ではないが、緩い坂が長く続く。ふうふう言いながら、ゆっくりと坂道を登っていき、 ようやく峠が見えてきた。峠に近づくと、道ばたに何かがいることに気づいた。じっとしていて動かないのだが、明らかに生き物である。そして峠の数十メート ル手前で、それがキツネということがわかった。犬のお座りの姿勢で、じっとこちらを見ているのだ。私を見ているのか、それとも単に正面を向いているだけな のかよくわからなかったが、峠に到達して、奴の横を通ったとき、こちらに首を向けた。そのまま通り過ぎようと思っていたのだが、休憩にはちょうどよいころ なので、自転車を止めて、奴の横に座り込んだ。座り込むまでは私を見ていたのだが、座り込んでしまうと正面をむき直した。私には凛々しい横顔を見せてい る。ザックから水と地図を取り出した。がさがさ音を立てたせいか、一瞬こちらを見るが、すぐに正面をむいた。
「誰かを待っているのだろうか。」
背中を触っても、耳を触っても、姿勢はそのままである。尻尾を触ったときだけ、「よせよ」という顔で睨まれた。地図で道を確認したあと、しばらく二人で たたずんでいた。ここは交通量が少ないので、ほとんど車を通らないのだが、たたずんでいる間に何台かが通過した。峠のピークなので視界が悪いせいか、それ とも早いせいか、こちらには気づいていないようだった。しかし、バイクが通過したとき、我々を見過ごしてしばらくしてから急停止した。振り返ると、バイク を降りて、青年が何か言いながら歩いてきた。ヘルメット越しなので聞き取りにくかったが、連呼しているので、ようやく聞き取るこができた。
「キツネですよね」
彼が近づくと、キツネは立ち上がって、ゆっくり森の中に歩いていった。
彼は森の方を見ながら、まだ言っている。
「キツネですよね」
私は、おもしろいことが好きなので、応えるよりも消えることを選んだ。彼が森を見ているうちに、自転車にまたがり、坂道を高速で下っていったのだ。一 瞬、振り返ると、呆然とした表情で、こちらを見ていた。バイクなので、その気になれば、私に追いつくとは思うが、決して追ってはこなかった。
「キツネを見た。」
長い休暇の後、彼は都心の会社に戻っていた。
しかし、以前の彼とは明らかに変わっていた。最初は、旅行気分が抜けないだけと、同僚はあまり気にしていなかったのだが、何度も同じキーワードを繰り返すので、少し心配になってきた。この手のことに敏感な女性陣は避けるようにさえなってきた。
特に業務には支障がなかったのだが、ある日、社長を交えた会議の終焉後、同僚の一人が思いきって切り出してみた。
「Yくんの様子がおかしい。」
「Yくん、何かあったのかい。」
「キツネを見た。」
その場を一瞬の沈黙が支配した。
「社長、どうにかしてくださいよ。」
「まあ、そういうこともあるだろう。どうでもいいじゃないか。」
顎を机上に乗せ、大きな手で長いひげを触りながら、クマ社長は、こうして今日もまた難問を一つ解決したのだった。
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