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「泉式文科系必修論文作成術」


(森川 晃 2006.3)

「泉式文科系必修論文作成術」泉忠司 夏目書房

 実用書というのは、本を読む習慣のない中間管理職が会社のカネで買う実態を見越したような読者をなめたものが多い。価格が高くて、内容が薄く、目次の章 立てがほぼ要約になっている。自分のカネではないので価格は関係ない。むしろ高い方が経理に領収書を渡すときに説得力がある。内容は優れていても400円 の文庫本では、経理は「業務に関係のない本」と判断するだろう。会社のカネで購入すると、それなりにレポートは提出しなければならない。そのときに目次を 写せばそれで済めば楽である。読まなければレポートが書けない本は、会社本には不適切なのだ。

 当方は活字があれば何でもよいので実用書も読むことはあるが、多くは古本である。5000円の本でも105円である。実用書はほとんどが半額からその半 額、そして最低価格という順に安くなる設定ではなく、最初から最低価格である。したがって入手時の価格の問題はない。問題は、本の装丁が立派ということ だ。本棚の彩りには都合が良いかもしれないが、本当に読むにはつらい。手に持つと、手が痛くなる。少なくとも電車やバスでの立ち読みは困難である。紙質が よいのでページがめくりにくい。元の持ち主が会社のカネで購入するだけで、実際には目次以外はページを開いていない。古本にしてはページのめくりが固いの だ。そして、最大の問題は、読後の本の処理である。とにかく嵩張る。それに重い。狂読者の多くは蔵書の保管で苦労するのだ。変型のハードカバーが多いの で、どこに置いても収まりが悪い。

 さて、この本も価格、外見は一般的な実用書である。当方の読速はおおむね1分/1ページですが、実用書なのでその5倍くらい読めるだろう。つまり1時間 で片が付くというスケジュールをたてて就寝前の午前2時ころから読み始めた。ところが、なかなかおもしろい。作者も実用書について当方と似たような考えを 持っているのかもしれない。一般的な同分野の表現を否定し、具体例をあげて論文作成術を説いている。

この手の本では、木下是雄著「理科系の作文技術」(中公新書)が安価ということもあり、企業の社員教育のテキストになることが多い。ちょっとポップな企業 では本多勝一著「日本語の作文技術」(朝日文庫)をとりあげるかもしれない。これらは、技術系論文を対象としているので、本文そのものの書き方というより は、書式を説明したものである。「泉式」はタイトル通り文科系の学生用なのだが、書式だけでなく、どのように記したら説得力があるかというような純然たる 国語に関する説明が多い。論文を記す当事者ではない当方は、国語を揶揄する本として楽しんだ。井上ひさし、清水義範の一連の国語本と同じ扱いなのだ。くだ けた表現も多いので、作者に失礼にはならないと思うし、だいたい読み終えるのに5時間もかけたので、かなり敬意を表したと思う。

この本が一般書の文庫本になる可能性は低いが、国語揶揄好きにはなかなかおもしろい本だった。元々、いろいろな実用書をときどき読んでいるのは、その分野 の揶揄のためなので、作者が開き直ってくれれば、当方の目的に合致するはずなのだ。今後も、さすがに新刊を購入する気にはなれないが、古本で実用書を揶 揄っていこうと思う。