ヒマヒマなんとなく感想文|

北一輝について


(森川 晃 2005.12)

「昭和史発掘 5////」松本清張 文春文庫
「小説 大逆事件」佐木隆三 文春文庫
「革命家北一輝」豊田穣 講談社文庫

 高校の倫理社会の教員にちょっと変わり者がいた。生徒にいろいろなテーマを与えてレポートを書かせ、それを発表させたのだ。大学のゼミや、企業のQCサークルに近いもので、授業に関係のない自由研究ならば何ら問題のない手法である。しかし、この教員は堂々とカリキュラムを無視して、自由研究を強いていたのだ。当方は当時、理系科目以外は全く関心がなかったが、倫理社会の授業は興味深かった。教科書を開くことのない授業は新鮮で、文系科目の本来の授業風景という感じがした。

 このとき、当方に与えられたテーマは「北一輝」だった。先述のように文系科目は関心がなかったので、この人に関する予備知識はなく、歴史も知識がなかったので2・26事件すら知らなかった。もちろん2・26事件の前後の歴史もわからない。当時の中学、高校の日本史の授業では、明治以降はほとんど触れないカリキュラムだったので仕方がないのだが、それにしてもとんでもない無知だったのだ。それで、図書館で歴史を調べ、2・26事件に至る経緯、その後の太平洋戦争に至る経緯を知った。しかし、教科書に毛が生えた程度の一般的な歴史の本では北一輝の人となりまではなかなかわからない。発表までの時間も迫ってきている。それに、ほかの文系科目よりは関心があったとはいっても、やはり数学の方がはるかにおもしろかったので、気の抜けたレポートにまとめて発表した。そのときはそれで忘れてしまったが、心のどこで気になっていたのだろう。その後、本が無くては生きていけないようになってから、ときどき北一輝のことを思い出していた。気が向いたら関連する本を読んでいた。その中から、もし今、北一輝のレポートを書けと言われたら読むべき本をピックアップしてみた。「小説 大逆事件」でおおむね2・26事件の経緯は理解できる。「革命家北一輝」で、北一輝の人となりは理解できる。「昭和史発掘 5〜9」で、2・26事件前後の社会情勢が理解できる。いずれも長編で、この7冊で3000ページくらいなので、ちょっと読むのは大変だが、満足できるレポートは書けるだろう。発表のときもどんな質問にも切り返すことはできるだろう。高校の授業では成績が悪く、熱意もなかったが、ようやく変わり者の教員の真意がわかったような気がする。なお、当時の倫理社会の成績は10段階評価で8だった。ほかの文系科目が1から3の間だったので、評価は良かった方なのかもしれない。

 さて、この教員はその後「飛ばされて」しまった。カリキュラムを無視したのはやはりまずかったのだろうか。それともくだんのテーマ発表において思想的に偏ったテーマを与えたのがまずかったのだろうか。学外で偏りのある演劇サークルに関わっていたせいだろうか。確かに、当方に「8」という過分な成績をつけるような教員はまともではないだろう。当時の当方は「孔子」「夏目漱石」「ソクラテス」「紫式部」が同時代の人だと思っていたくらい無知だったし、倫理社会という科目の存在意義すら理解できなかったのだ。それでも、せっかく頂戴した「8」という成績は、当時のひどいレポートや発表ではなく、北一輝についてどんな質問にも切り返せるようになった現在に与えられたものと考えたい。