ヒマヒマなんとなく感想文|

「シネマ坊主」と「シルミド」


(森川 晃 2005.6)

「シネマ坊主」松本人志 日経BP
「シルミド」キム・ヒジェ 角川文庫


 松本人志が映画評論をしているとは知らなかった。ところで映画評論は怪しいもの多いのであまり好きではなかった。多くの評論家は映画配給会社とタイアップしているとしか思えなかったからだ。それも語りのうまい浜村某、故淀川某の話は映画と直結しない「お話」として楽しませてもらっていた。両名ともキャリアがとても長いので当時の情勢を知る貴重な近代の歴史資料としても価値があった。

松本氏は成功した漫才師なので映画配給会社とタイアップする必要がないので、きつい意見も自由に記すことができる。この本でもきつい採点が多い。ただ、ビートたけし監督作品は同業者なのでかなり遠慮している。それでも「HANABI」よりも「キッズリターン」「その男、凶暴につき」を評価している点はなかなか正直でよい。「HANABI」は世界的な賞を受賞した作品なので、多くの人はその賞のせいで高い評価をしてしまう。本当にそうだろうか。ストーリーは初監督作品「その男〜」とほとんど変わらない。ただ、全編にたけし自身が描いた絵をモチーフにしている点、その絵がバイク事故リハビリ中に描かれたものである点に鬼気迫るものを感じたというのはよくわかる。
 なお、当方はたけし映画ではたけし監督ではなく弟子のダンカン監督の「生きない」を評価している。地味で安価な映画だが、自殺をテーマにした(バラエティ系)映画ではなかなかよくできていると思う。

 この本では韓国のヒット映画「シュリ」を批判している。ハリウッド映画の下手な模倣となかなかわかりやすい批判だ。当方は映画を観る習慣はないが、この映画は観た。映画の最初のころに北朝鮮のテロリストが韓国の高速道路で(よくわからないものであるが危険な)武器を輸送するトラックを襲撃するシーンがある。位置はすぐにわかった。

当方は東長崎WEBサイトで「道路」に関するコラムを投稿しているが、その編集部から映画のシーンで観られる道路をテーマにしたらどうかという意見を頂戴したことがある。ハリウッド映画には道路のシーンが多いので何とかなりそうだったが、「ブルースブラザース」以外はあまりにも映画の内容がくだらないので、とてもまとめる気にはなれない。もちろん位置はたいていわかるのだが、投稿する場合は写真を掲載したいので、現地に行かなければならない。しかし、「ダイハード3」のためにニューヨークまで行く気にはなれない。

それならば韓国映画はどうだろうか。「シュリ」の襲撃シーンを観た瞬間、写真を撮るために韓国に行く気になっていた。現在パスポートの有効期限は切れているが、韓国は近いしカネの負担も軽いし何とかなるだろうと思っていた。ところが1時間もするとこの映画はそれほどのものではないと感じてきて、エンドロールが流れているころには韓国映画そのものに否定的になっていた。このことは誰にも話していなかったし、批判する記事も読んだことはない。そして、松本氏のこの本の「ハリウッドのまがいもの」という一文で、すっきりした。いい感じで「血」を見せていたのに、やはり女性をメインに近い位置に配置するとどうしても最期は安易なかたちで納めるしかないのだろうか。「タイタニック」に似たイヤな印象を残した。

 さて、韓国映画ではもう一つ「シルミド」を観ている。これはよかった。当方は先述のように映画を観る習慣はないが、本は読むので、たいていは原作を読んでから映画を観ることになる。「シルミド」は原作を読んでから映画を観て、そのシナリオを読んだ。この本はシナリオである。したがって、映画の内容とほとんど同じである。ただし、韓国語を翻訳するときのズレはある。映画の字幕とシナリオでは翻訳者が異なるということだろうか。たとえ同じ人でも字幕は字数に制限があるので全く同じというわけにもいかないだろう。

 原作(事実)とは微妙に異なるところがあるが、適度な脚色だと思う。ラストの自爆シーンは原作では自爆ではなく、手榴弾の操作ミスの可能性を示唆している。自爆と事故では全く異なる印象を残すが、当方はどちらでも全編の良さを打ち消すことにはならないと思う。つまり、この作品はこのような本質を揺るがすような大きな脚色をしても全編の印象をくつがえさないほどしっかりしたつくりであるということだ。たとえば「大脱走」でもう一人くらい脱走に成功した者がいたことにしてもそれほど問題はないだろう。

 映画「シルミド」には精鋭部隊兵士として、雨上がりの宮迫、元たけし軍団の〆さばヒカル、中日の谷繁捕手、それに作家の故青木雄二氏などが出演している。彼らの演技はキャラを抑えて兵士の一人として適度な印象を残した。もちろん、これは「似ている」韓国俳優が出演しているということだが、このラインナップが浮かんでしまう当方の趣向には妙な偏りがあるのかもしれない。でも、彼らがソウル市街を兵士に扮して歩けば、きっと声はかけられると思う。こんなきつい洒落はなかなか受け入れてもらえないが、お笑い偏差値の高いヒカルちゃんならばOKしてくれるかな。