ヒマヒマバブル絶好調バブル絶好調

TPPは日米同盟の基盤を崩壊させる

執筆/軍事評論家 古是三春(フルゼ ミツハル)
ちょびっと構成/東長崎機関


【日本は今、TPPバブル。バブルのあとには崩壊がある】


現在、日米安全保障体制は両国間の防衛協力にとどまらず、アジア太平洋地域全
体の平和と安定に不可欠な基礎的関係と位置づけられている。この同盟関係の基
礎は、日米両国が共有する民主主義、法の支配、人権の尊重、資本主義経済とい
う基本的価値観の促進にあるとされている。

  しかしながら、いま米国に要望され日本が交渉参加の是非を国際的に表明し
ようとしているTPP(環太平洋包括的経済連携)は、以上のような日米同盟の基
礎を掘り崩しかねない問題をはらんでいる。現在、米国を含め9カ国が交渉参加
しているTPPは、「例外なき関税撤廃」「あらゆる障壁の除去と参入への公平確
保」等を原則とした自由貿易圏の構築をめざしている。二国間自由貿易協定
(EPA・FTA)を超えた多国間のマルチな協定で、急速な経済慎重の条件を切り拓
くと推進側から宣伝されているが、果たしてそうなのか。


【TPPには医療制度も含まれる】

詳述はしないが、基本的にTPPが協定案の基礎として検討しているのは、最近米
国が二国間で締結したEPA・FTAの取り決めである。例えば、米韓FTAでは、韓国
の強い要望でコメの自由化のみ除外されたが、他の農業水産分野はもとより、公
共事業参入から国民の命と健康に直接関わる医療制度、医薬品・器具承認制度ま
で米国側業界の関与が定められ、医療のような国家の基本政策まで韓国は独自に
決定する権限すら失ってしまった。韓国では病院分野で米国並みに営利企業参入
が特区内ではあるが承認され、金のある者が優遇される営利病院が生まれている。

 結論を急ぐなら、TPPは産業のみならず金融・保険から社会保障分野まで、参加
国すべてに制度面で米国並みシステムへの転換を求めるものとなる。結果とし
て、「2014年までに輸出額を倍化する」と公約した米国オバマ政権の目標達成を
助けるため、強大な国力を背景とした米国企業がTPP参加各国へのあらゆる事
業分野への参入と「障壁撤廃」による製品輸出増を図ることになるというものだ。

 TPPは多国間包括的経済連携協定をめざすというが、実質的には米国にとっ
て日米自由貿易協定+アルファというべきものだ。なぜなら、日本がTPPに参
加した場合、日米二国だけでTPP参加諸国合計GDPの9割を占めるからだ。
同時に参入分野で見るなら日本の農水に限らず、年間40兆円近く医療費が使われ
る医療・医薬品分野や農協共済、全労済等の巨大な共済を包含する金融・保険分
野が米国企業にとっては最大の魅力あるターゲットとなっていることも重要だか
らだ。

【日本外交「バスに乗り遅れるな」は日独伊軍事同盟を彷彿】

このような内容が見通されるTPPについて、日本国内で参加推進を唱える者た
ちは「停滞した日本経済の行きづまり打開に”第三の開国“として重要」というに
とどまらず、最近は「日本の安全保障強化に不可欠」との議論まで持ち出してい
る。ある国会議員は、筆者の面前で次のように述べた。

 「TPPは安全保障の観点で重要だ。経済と安全保障を別々に論じるべきではな
い。一体不可分。日本を含む極東アジア情勢を客観的に見るなら、台湾海峡危機
など日本の国益に直結する事態があった。中国はその後も軍拡と制空・制海権を
めざす動きを強めている。EUはNATOという地域安保スキームが一体化している。
BRICS台頭も軍事的圧力増大につながっている。日米関係は、日本だけでなくブ
ルネイ、シンガポールなどの安全保障にも重要と見られている。なぜTPPを急ぐ
のか。いまスキームづくりをしないと、別のスキームをつくられてしまうから
だ。現状で日本の2.7倍のGDPの米国と日本が合体すれば、中国を4:1で凌駕で
きる。日本が世界の動きを視野に入れて動いたのは、1868年の明治維新と1945年
のポツダム宣言受諾だけ。いま、決断の時。日本の国益は、自由貿易体制の維持
とシーレーン6000海里の確保であり、南西太平洋やインド洋での米艦隊の支援が
不可欠だ」

 一見もっとものような議論だが、軍事的安全保障関係と経済連携・自由貿易圏
を一体的に論じることは極めて乱暴な立論である。「安全保障体制を経済協力体
制で裏打ちする」というモデルを最初に打ち立てたのは、今は亡き社会主義大
国・ソ連を中心とした東欧諸国のワルシャワ条約機構とCOMECON(経済相互援助
会議)である。

 1991年のソ連邦崩壊と共に消滅したCOMECONは、米国のマーシャル・プランに対
抗して創設された1949年以来、ソ連を中心とした外国貿易推進機関としての役割
を果たした。「安全保障上の利益」を優先させる立場から、ワルシャワ条約機構
の要であるソ連には廉価で東欧諸国の資源を提供したり、逆にソ連製品や資源を
高価で東欧諸国が購入したりするようなスキームが形成された。これが悪名高い
ブレジネフ・ドクトリン=「制限主権論」となり、軍事・経済の”ソ連型“スキー
ムからの離脱や関係希薄化につながるような動きをした国家への”制裁“(1968年
のワルシャワ条約機構軍チェコスロバキア侵攻等)を惹起するに至っている。

 しかし、こうした歪な軍事・経済関係は行き詰まらざるを得ず、1989年の東欧
社会主義政権の連続倒壊(ドミノ現象)と最終的なソ連邦崩壊へとつながって
いったのだ。崩壊直前期のソ連の国家予算は、50%前後が国防費に充てられると
いう異常さで、これも国民経済の重大な停滞要因だったのである。同時にこの問
題は、”ソ連型“システムを強要された東欧社会主義諸国共通のものだったのだ。

 ひるがえって、米国とTPPとの関係で見ると、どうであるか。

【没落する大国との同盟のツケは大きい】

 オバマ大統領が提示した2012年度米国予算教書では、2011会計年度の歳入2兆
1740億ドルに対して歳出が3兆8190億ドル、財政赤字は1兆6450億ドル(GDP比
10.9%)に達する。同年度の国防費は7396億6500万ドル、日本の年間国家予算総
額なみで歳入に対する比率は約34%にもなる。結果として米国民に対する社会保
障や文教施策にしわよせがいき、高失業率、医療難民、社会格差の拡大をもたら
している。こうした傾向は、近年の新自由主義的政策の推進でいっそう深刻化し
ている。

 TPP基軸の自由貿易・経済圏形成にかける米国のインセンティヴは、こうし
た国内矛盾解消に向けた自国企業活動圏拡大にある。しかし、これは“米国病”と
いうべき体制的歪みを、我が国を含めた諸外国の社会・経済生活に拡大すること
になる。これがより深刻な矛盾を生み出すことにつながるであろうことは、確実
である。実際、米韓FTAで目のあたりにされているのが、同様な事態なのだ。

 また、「TPP−日米安保リンク」論者が主張のベースにしている「中国脅威
論」も、あまりに一面的である。「日米安保を経済連携面でもより緊密に裏付け
て強化」して、中国の”拡張主義“を抑制しようというのだが、一方で日本の対中
貿易額は輸出・入共に対米のそれに比べ既に2000年代半ば以降、大幅に上回って
いる。日本経済の対中貿易依存度はかなり高まっているのに、「対中包囲網」の
一環としてTPPを位置付けて参加を進めるなど、対中輸出額が海外輸出総額の
20%弱にもなる日本経済の自殺行為に等しい(例=2009年の日本の対中輸出額10
兆2356億円で対米同8兆7334億円/対中輸入額11兆4360億円で対米同5兆5124億円
―政府統計)。

 一方、米国の対中輸出額も2008年時点で対日輸出を上回っている(対中714億ド
ル、対日666億ドル)。「対中包囲網」のTPPで日本を中国経済から切り離
し、”漁夫の利“を得ようとの思惑が米国にないともいえないのだ。米国の対中貿
易状況だけ見ても、「TPP−日米安保リンク」論者の主張が空疎なことはすぐ
に判断つくことだ。

【そういえば日英同盟を残しておけばという議論もあった】

かつて日米安保を軸とする安全保障体制が形成されたとき、敗戦後の復興に政経
両方面で取り組んでいた日本にとって、米国政治と国民経済は手本というべきも
のだった。特に安定した中流層の勤労者世帯が多数を占める豊かな経済生活は、
戦後復興に取り組む日本人が目指してやまないものだった。その意味で、発展段
階こそ違え同じ価値観に向けて日米両国の政治と経済運営は歩みを進めていたと
いえる。

 ところが、新自由主義政策の波が冷戦終結後に米国を覆い、日本にも「小泉政
治」という形で押し寄せてから、日米関係が大きく変化していく予兆を見せてい
た。あまりに露骨な利益至上主義で日本にさまざまな分野の“門戸開放”をせまる
米国の圧力の下で、国民生活を顧みない「構造改革」が続き、雇用など日本の国
民生活は短期間のうちに基盤から揺るがされるに至った。このまま、事実上の
「米国病」感染推進の新自由主義的政策が推進されれば、半世紀以上にわたり両
国で培われた信頼関係が損なわれ、日米同盟の基盤が崩壊しかねない状況だった。

 こうした亡国というような動きへの反発が2009年の劇的な政権交代をもたらし
たことは、間違いない。TPP参加推進をもくろみ、遮二無二進もうとする民主
党執行部と官邸は今一度、政権交代で国民に自分たちが何を託されたかに想いを
いたすべきだ。

 いま求められているのは、真の友情に基づいた日米関係を維持し発展させるた
めに日本が何をすべきかである。米国経済の不調、財政状況の深刻さは米国一国
にとどまらない国際社会全体の問題である。毎年大量に発行される米国債は中国
と日本でその大半を引き受けている。

 やるべきことは、固有の社会経済制度を米国流に作り替えて「門戸開放」する
のではなく、「米国病」というべき深刻な米国財政や経済の不正常かつ深刻な事
態を改善する策を米政府に迫り、共に取り組むことだ。「米国病」を感染・拡大
するTPPは、自由主義的な経済圏構想の理念に立っても、現状で進めるべき策
ではないことを明確にすることこそ、米国の真の友人のなすべきことである。

 反対に「米国病」の現状をそのまま受け入れ、日本国内に移しいれる策をとる
なら、日米同盟に対する国民の支持は究極的には失われ、良好な両国関係の基礎
は崩壊の憂き目を見るのは間違いない。
軍事評論家 古是三春(フルゼ ミツハル)