戦争・軍事 > 戦争と音楽の深い関係|戦史研究家のロシア名曲鑑

軍隊ミュージカル&「前へ進め!」

戦史研究家のロシア名曲鑑 3
(戦史研究家&ロシア歌曲歌手・ミハイル・フルンゼ

 旧ソ連、ロシアでは老若男女、誰でも知っているけど、世界の人たちはよく知
らないといった歌曲がけっこうある。長い東西対立関係もあって、西側と遮断さ
れたロシア社会と交流に魅力がなかったせいかロシア語が日本はもとより、西側
諸国では普及せず同時に言葉をメロディーに載せる文化としての歌が、よっぽど
努力されないとロシアからは伝わりにくいということがある。まして、軍隊が
テーマになっている歌ならなおさらだ。
 でも、もう60年近くにわたって、西側のロシア音楽ファンには聴きなれてい
ながら、正体不明であり続けている曲がある。「前へ進め!」(В ПУТЬ!)だ。
 この曲、33年前に来日公演したアレクサンドロフ記念ソ連陸軍歌と踊りのア
ンサンブル(現ロシア陸軍アンサンブル。長いと思うでしょうが、正式名称には
この前になんと「赤旗勲章2回受賞」がつく!)が演奏している。当時聞いた日
本人は何がなんだかわからないけど、200人くらいいた軍服着用合唱団が一糸
乱れず体を左右にゆらしながら歌い上げたこのマーチ、大喝采であった(筆者も
会場にいたのです)。そう、このアンサンブルの十八番のひとつ。
参考映像)
	  
 歌詞の内容は、こんな感じ。
♪遠く離れて進んでいても  元気を出せ兵士よ
 ほら、連隊旗がはためく 連隊長は先頭だ
 兵士よ 前へ 前へ 前へ
 祖国よ お前のために
 野戦郵便局がある
 別れのラッパが鳴っている
 さあ 戦いへ♪

 けっこうのりのよい軍歌調なのだが、ロシア人はこの曲が大好きで、小学校の
運動会なんかにもかかる。みんな知っている歌だ。
 実はこの曲、1955年に制作されたミュージカル風映画「マクシム・ペルペ
リッツァ」の主題歌。映画のテーマは、第二次世界大戦も終わって平和が戻った
ロシア地方農村の青年マクシムが徴兵でソ連軍に入隊し、明るく国への義務を果
たすという軍隊コメディーだ。主題歌が流れるシーンは、こんな感じだ。
参考映像)
	  
 村を通過して行軍する兵士たちに、農家の娘やおばさんたちは野原で摘んだ花
を捧げ、スイカを手渡す。横を走る戦車にも、花束が投げられ、まさに「人民に
愛される軍隊」。当時はようやく朝鮮戦争が停戦したばかりで、東西冷戦がまた
いつ現実の戦火を燃やすかもわからず、“コワモテ”のソ連でも実際は国民が「ド
イツとの戦争で苦労してやっと勝ったのに、アメリカとやったらどうなるの
か‥」「もう戦争はゴメンだ」と腹の中で不安がっていた時だ。
 「わがソ連は、素朴な青年たちが人民に支えられて強いソ連軍をつくっている
んだ」とでも言いたげな内容を強調しているのが、この映画。しかし、この「マ
クシム・ペレペリッツァ」は、踊りもふんだんに登場する。民間青年たちの派手
なステップによるところかまわないコサック・ダンス、おねえちゃん二人が家の
中で召集令状が来たのを喜んで突然踊りだすは、主人公マクシムが軍隊の中でロ
シア風タップダンスを披露するはで、ミュージカルばりに音楽いっぱい。
参考映像)

 こうしたミュージカル映画の表現手法、旧ソ連ではさかんだったのだ。戦時中
にも、けっこう作られた。その中で扱われた曲は、いまに至るまで長く歌い継が
れ、愛されているものが多い。筆者が所属するパリャーノチカでも、いくつかレ
パートリーにしている。ロシアでは軍隊や戦争を語る上で、「音楽や歌なしでは
やっていけない」のだ。この場でも、今後、いくつか映画の中から生まれた名曲
を紹介していこうと思う。
 ちなみに「マクシム・ペレペリッツア」はDVD化されているが、日本では入
手困難。筆者は外国に出たとき、数年前から探しているがいまだ手に入らない。
したがって、一部分以外は未見なのだ。主題歌は30年以上前から聴いて知って
いるのに‥。
「マクシム・ペレペリッツァ」の映画DVD

続く